最終章 輝蹟の剣士
「えっ、オレたちが中国に?」
天盟が切り出した話、それは輝蹟の剣士たちに影刃族の村へ来てもらいたいという要望だった。
剣が生まれた背景を知ってもらいたい。村にはその歴史を語る史跡も残っているし、さらに剣を使いこなすための修業や読んでもらいたい資料もある。
また『武夷族の他にも剣を狙ってくる輩』を打ち倒さなくてはならず、それ以外にもやってもらいたいことがいろいろあると、天盟は含みをもたせたような言い方をした。
「あれ、一族の復活だか復興をやるんじゃなかったっけ?」
「それは剣を探す方便じゃ、青竜の剣士よ」
「あ~、いちいちそう呼ばなくてもいいよ、こそばゆいし。龍でいいってば」
なんて失礼なと、傭兆は顔をしかめたが、
「面白いヤツじゃの」
天盟は笑って続けた。
「村の発展を望む声もあるが、そのような欲を出している場合ではないようでな。村が平和で、皆が笑って暮らせれば、それ以上は望まなくてもいいと思えてのう」
すると、これまでのやり取りを見聞きしていた至が質問をした。
「僕は龍君たちが所属する剣道部のマネージャーをやっている季村と申します。先程までの話を伺っていると、輝蹟の剣は選ばれた剣士しか使えないのに、どうしてさっきの連中は剣を狙ってきたのですか? 手に入れたところで、木刀のままでは何の役にも立たないと思うのですが。そこらの実情を知らずに襲ったということですか?」
「いい質問じゃの」
池○彰かよとツッ込む龍、確かに至の指摘どおり、剣の実情を知らずに『武夷族の他にも剣を狙ってくる輩』がそうそういるとは思えないのだが……
「剣について伝える書物はかなりの数が失われてしまい、わしの手元にもほとんど残ってはおらん。で、それらの書の中には『四本の剣を揃えた者がある条件を満たした時には、選ばれた剣士でなくとも強大な力を手にすることができる』といった内容を記録した書物が存在しているのじゃ」
雲をつかむような話というのだろうか。剣を使えば強大な力が手に入るというのも具体性に乏しくピンとこないが、武夷族の放った幻術──そんな術の存在すら現実味がないけれども──を光でかき消した剣の凄さは目の当たりにして実感できた。
幻術を無にする以外にも不思議な、いわゆる魔法のような力があるのでは、それは神の領域に近いのでは、となると、強大な力と記されるのも頷ける。素晴らしくも恐れ多さを感じさせる力だ。
「武夷族が剣について、どこまで情報を得ているかはわからんが、もしもこの、ある条件を満たす云々のくだりを知っていたとしたら、剣士なぞおらんでも使えると思い、狙ってきたのかもしれんの」
「ある条件がどういうものか判らないので何ともいえませんけど、剣を揃えた者が力を使えるというのは、その一人に権力が集中するみたいな……それって邪道というか、正当な使い方ではないですよね?」
「そなたの言うとおりじゃ。その邪道な使い方についてはわしらだけではなく、日本人の一部の者も知っていたらしくてな。朱雀の剣士の祖父はどうやらそれを調べておったようじゃの」
翔の頬がピクリと動いた。
「それこそ幻術で四人の剣士を操りでもしない限り使えない剣の力。しかし、幻術なんぞを施さなくても使える方法があるなら知りたいと思う者も出てきて当然じゃ。一族の復興どころではない、もっと大きな企みに悪用される可能性もある」
情報化社会と言われている今、大二郎たち一部の日本人以外にも情報はとっくに漏れているだろう。剣は世界から狙われていると言っても過言ではない。
世の中が動き出した。これはもう影刃族だけの問題ではなくなっている。剣を守り、その力を正しいことに使える剣士の育成は急務だった。
「長老様、お言葉ですが」
いくら剣に選ばれたといっても、普通の中学生である彼らに、これ以上危ない真似はさせられないと牙門は進言した。
天盟の表情が曇る、彼の意見はもっともだからだ。
「では牙門よ、この先、白虎の剣士だけですべてに対応するのか」
「はい」
「四人が揃わなければ、剣の本当の力は充分に発揮できないのじゃよ」
「致し方ありません」
「ちょっと待ってくれよ、牙門だって普通の中学生じゃねえか」
龍が二人の間に入ると、思いもよらない言葉を聞いて牙門は目を見開いた。
「一人で全部何とかしようだなんて、無理すんなよ。仲間を頼ればいいんだって」
それから龍はロッキーたちを振り返って「行ってみようぜ、中国。なんだか面白そうじゃん」と、事もなげに言った。
「絶対そう言うと思った。さすが龍君、ノリが軽い」
感心するやら呆れるやらの至の横で、ロッキーがニッコリ笑った。
「ボクはオッケーだよ。もっともっと、剣の秘密が知りたいね。ミスター天盟、この剣には隠された謎がいっぱいあるんでしょ? ミステリー大好きだよ」
天盟は大きく頷いた。
「もちろんじゃ。何しろ歴史が長い上に、八百年も行方がわからなかった。このわしでも知らないことはたくさんあるし、そなたたちに知ってもらいたいこともある」
「なんだか楽しみだな~。なあ、翔はどうするの? 当然行くだろ?」
まるでピクニックにでも誘うような龍のセリフに、翔は冷たく答えた。
「……俺には関係ない」
とたんに龍は血相を変えた。
「なっ、何言ってんだよ、ここまで来て……輝蹟の剣士はオレたち四人の他にはいないんだ、剣を狙うヤツをやっつけるのも、みんなを守るのも、オレたちがやらなきゃ誰がやるんだよっ!」
詰め寄る龍が耳元で吠えても、翔は例によって醒めた視線を返すだけである。
「たまたま巻き込まれただけだ。こいつはお返ししよう」
彼が朱雀の剣を差し出すと、天盟は静かにそれを押し戻した。
「そなた、それで寂しくはないか」
「寂しいだと?」
翔の反抗的な態度をものともせずに、天盟は痛いところを突く。
「これからも独りでよいのかと訊いておるのじゃ。ようやく手にした仲間、特に青竜の剣士、いや、龍はそなたにとって初めてできた友。しかも青竜と朱雀の二人というのは『えにしの絆』で結ばれておっての。片意地を張っても無駄じゃよ」
「なるほど。さすがに何もかもお見通しというわけか」
翔は自分を友達だと思っている──これまでの幾つかの光景はすべてそこに繋がるものだった。
漠然としていた感情がはっきりそうと判ると、龍は少し照れたような笑いを浮かべて、もう一度彼を誘った。
「そう、友達、仲間じゃねえか。一緒に行こうぜ」
「……わかった」
頑なだった翔の表情がようやく緩んだ。
「やったーっ!」
龍が歓声を上げると、天盟もやれやれという表情で、
「いやはや、これで肩の荷が下りたわい。そなたたちに断られたら、わしはどうしようかと思っておった。『剣士が行けんし(けんしがいけんし)』になってはのう、ほほほ」
「はぁ~?」
それがダジャレだったと、みんなが気づいたとたん、夏の空気が一気に真冬に変わる。冷え冷えキンキンだ。
「今のはジョーク?」
ロッキーが問いかけると、傭兆はそれが自分の責任でもないのに、申し訳なさそうに弁明した。
「天盟様は日本で言うところの、オヤジギャグがお好きなのだ。これさえなければ立派な指導者なのだが……」
「そ、そうなんだ」
場が持ち直すと、龍はこう切り出した。
「天盟のじいちゃん、その代わりに頼みを聞いて欲しいんだけど」
「なんじゃな?」
「オレたちのミッションが完了して、村にも平和が戻ったら、牙門を常聖学園に戻してもらいたいんだ。それでまた、みんなで部活動を続けたい。な、いいだろ?」
「牙門がそれを望んでおるなら、わしはかまわんよ」
感無量といった顔で、牙門は龍と天盟に頭を下げた。
「あともう一つあるんだけど、八月の終わりに全国大会が始まるから、それまでには日本に帰らせてくれよな。オレたちがいなくちゃ試合に出られないからさ」
この先、何が起こるか判らないというのに、あっけらかんと言ってのける龍に対し、皆、呆れるやら感心するやら。その明るさが頼もしくもあった。
「おお、そうか、試合があると。ならば、泰喬の父で牙門の伯父にあたる、村一番の武道家の秋剛芳(ごうほう)が特訓をすると申しておるから、みっちりしごいてもらうとよい」
「それって剣道に使える特訓なの?」
泰喬といえば気功の使い手、泰喬の父も気功をやるのかと思ったが、剣の腕もたしかな、マルチな武人らしい。
「それなら夏休みの部活の代わりになるし、コーチも承知してくれるかな」
「たぶんオッケーだと思うよ」
「僕からも頼んでおくよ。こんなチャンスは滅多にないってね」
すると、今まで黙っていた華鈴が龍を睨みつけ、怒りをぶつけた。
「龍さま、ひどいわ。せっかく牙門さまに会えて、一緒に村へ戻れるのに、もう日本へ帰る話をするなんて! 牙門さまは絶対帰しませんからね!」
いきなり華鈴に怒られた龍はきょとんとしたが、
「許婚ったって、まだ結婚しているわけじゃないし、いいじゃん。そんなの、本人の自由にしたってさあ」
「なんですって?」
すっかり彼女に嫌われたらしい龍を見て、至とロッキーがケラケラと笑った。
「龍君はやっぱり女の子には縁がないね。女心が解ってないもの」
「男にはモテるタイプなのにね~」
「あーっ、また、それを言うっ!」
そこへ買い物から戻ったみねがひょっこりと顔を出した。
さっきまでこの場に起きていたことなど、まったく気づいていないらしく、
「あら、お客様がたくさんみえてること。おじいさん、お茶をお出ししましょうか?」
「ああ、そうしておくれ」
大笑いしながら、団兵が返事をする。
さあ、影刃族の村へ出発だ。行く手には何が待ち受けているのか判らない。けれども四人は、いや五人は勇気と友情の力で乗り切っていくだろう。
太陽は傾き、青空が移り変わっていく。白に、赤に、そして紫へと……
〈剣道部編・終わり〉