第七章 中国からの使者
1
もうすぐ七月。
今年はカラ梅雨らしく、気温が急上昇した教室の中はまるでリゾート地の浜辺のようだ。アロハシャツありタンクトップあり……とても勉強をする雰囲気ではない。
「ふあ~」
大きな欠伸をした龍はボリボリと頭をかくと、ロッキーを誘いにきた至に頼み込んだ。
「ドクター、ヒントでいいから教えてよ」
「ダーメ。いくら剣道部のヒーローでも、それとこれとでは話が別だからね」
「いいじゃねーか、ケチ」
「さあ、頑張って自分の頭で考えようね。僕たちは先に行ってるから」
「あー、もう、薄情者っ!」
地区予選で見事に優勝した常聖学園剣道部は次の県大会へ向けて、さらに厳しい練習を重ねていたが、だからといって学生の本分である勉強を疎かにしてはいけない。
芳しくない成績のせいで居残りテストを命じられ、悪態をつく龍を置いて、至とロッキーは部室へと向かった。
あれこれしゃべりながら廊下を進んでいると、前方に白い後ろ姿が見えた。
「牙門センパーイ」
二人の呼びかけに貴公子が振り返る。
「やあ、やっぱり君たちだったのか。聞き覚えのある声がすると思って……何の話で盛り上がっていたの?」
「この前の試合の応援ですよ」
「イエース、リュウのグランパがノリノリフィーバーね!」
前述したように、予選大会の応援席につめかけていた団兵は応援にまわった部員たちと意気投合。試合が白熱するにつれて大騒ぎになり、最後にはジャックと肩を組んで校歌を熱唱していたとか。
試合に出場する選手たちと、彼らの近くで控えていたコーチやマネージャーには応援席の様子がそこまで分かっていたわけではなく、その場にいたロッキーにあとから話を聞いた至は「ノリノリフィーバー、僕も見たかったなぁ」と残念そうに言った。
「龍のお爺様か。なかなか愉快なお方のようだね」
「リュウの性格はあのグランパ譲りね」
「僕も何度かお会いしましたけど、気さくでとてもいい方ですよ」
そこから、龍の両親が海外赴任していること、本人は祖父母の元で生活していること、団兵が剣道の道場を営んでいることに話が及ぶと、牙門の様子が変わった。
「たしか龍の自宅は横浜市内……」
「ええ、そうですよ。ひいおじいさんの代から道場をやっているって言ってました」
「そう言えば自己紹介の時もそんな話をしていたような……すっかり失念していた」
しばし考え込んだ牙門はそれから、龍の祖父の道場に家宝の刀といった代物がなかったかと訊いた。
「さあ……僕がお邪魔したのは自宅の方で、道場を見学したことはなかったので」
「ボクも聞いたことないね。本人に直接確かめたらどう? 居残りテストが終わったら来るよ」
それもそうだと納得した牙門、三人揃って武道館に入ると、間もなく練習が始まった。
そして練習開始から一時間以上も経ってようやく龍が到着したが、牙門が先の質問をする前に事件は起きた。
2
練習終了後の掃除が始まった。これは一年生のお仕事で、上級生たちは既に部室へ戻っている。
そんな中、一人残った二年生は一年生たちがモップを持って駆け回る中、龍に話しかける機会を窺っていた。
しかしながら、いざとなると言葉選びに迷ってしまう。家宝の刀があるか、などといきなり訊けば、不審に思われて当然だからだ。
意を決したその時、
「秋牙門、久しぶりだな」
いったい誰だと振り返った彼の目に、入り口のところで佇む、奇妙な格好をした三人の男女の姿が映った。
茶褐色のマントのようなものをまとった彼らは異様な雰囲気を漂わせ、その正体に覚えのある牙門は思わず後退りした。謎の三人組に気づいた龍たちも何事かと、遠巻きに見守っている。
「ど……どうしてここへ」
三人のうち、一人は齢の頃二十代後半の長身の青年で、あとの二人は自分たちと同世代の男女だ。女が一歩進み出た。
「牙門さま、お久しゅうございます。わたくし、牙門さまのお帰りを待ち切れずに、ここまで参りました」
鈴の音のような美しい声、薄汚れた格好をしているが、女はかなりの美少女であった。三つ編みにした長い黒髪、大きな瞳も黒く澄んでいる。身体つきは小柄で華奢、さながら妖精のようだった。
「……お、おい、けっこう可愛い子じゃん」
「アイドルでもイケるかも」
誰かがそう囁いて、みんなの視線が彼女に集中する。牙門は溜め息をついた。
「華鈴(かりん)、君まで来ていたとは」
「許婚であるあなた様の身を案じるのは当然のことでございましょう」
「いっ、いいなずけぇ~?」
一年生たちのどよめきが響く。
「許婚って、婚約者のことだろ」
「どうなってんだよ、これは」
「あの人たちは何者?」
興奮気味の一年たち、こちらでは深刻な話が続いていた。
「差し出がましい真似をするな、華鈴。下がっていろ」
「申しわけありません」
三人のうちのリーダーらしい青年は華鈴と呼ばれた少女の行動を諌めると、落ち着いた声で話し始めた。
「なぜ我々がここに来たのか。言わずとも解っているだろう」
そこで言葉を切ったが、牙門が返事をしないため、さらに畳みかけた。
「輝蹟の剣だ。そのために、一年以上も前から日本にいるのに、未だに何の情報もつかめないとはどういうことなのか?」
「だから、それは」
「言い訳はいい。天盟(てんめい)様の命令で至急、剣を探さなければならなくなった。悠長にしている暇はない、我々も加勢するから、ただちに実行に移すぞ」
そこで三人目の若い男──髪を逆立てて、額には浅黄色の鉢巻のようなものを巻いている。引き締まった顔つきはなかなかの男前だが、獲物を狙うような目つきが恐ろしげでもあった──が嘲るように言った。
「別に貴様を加えなくても我らだけで十分だがな。そうやって日本人たちと戯れているのが似合いだ」
彼らが何について会話しているのかよく判らないが、牙門が侮辱されているのだけは、はっきりしている。
「おい、何なんだよ、おまえら。いきなり乱入して、ワケのわかんねー話して」
龍が非難めいた視線を向けると、年長者の青年が軽く頭を下げた。
「これは失礼した。私の名は柳傭兆(りゅう ようちょう)、我々は中国に住む影刃族の者だ」
「エイバゾク? 中国の、ってことは」
「そう、この牙門も影刃族。彼には我が一族の使命を果たすために日本へ渡ってもらったのだが、急を要することになり、我々もその手伝いにやって来たのだ」
「そうと判ったら、日本人は黙って引っ込んでろ」
鉢巻の男はそう言って龍を睨みつけた。
「てっめー、さっきから偉そうな口ききやがって、何サマだっつーの!」
「我は牙門の従兄の秋泰喬(たいきょう)、いずれは白虎の剣士に選ばれ……」
泰喬と名乗る男が得意気に胸を張ってそう言いかけると、
「泰喬さま、白虎の剣士になるのは牙門さまに決まっております!」
華鈴がムキになって反論した。見かけによらず気の強い娘らしい。
「フン。豊かな日本のぬるま湯にどっぷり浸かって腑抜けた者など、輝蹟の剣士となる資格はない。そもそもこの男は純粋な影刃族ではないのだ、日本人の血が半分流れているからな」
「二人ともそのくらいにしろ。我々には時間がないと言ったであろう。さあ、行くぞ」
牙門は後ろ髪を引かれる思いで龍たちの方を見た。
「おい、ちょっと待てって……」
龍が手を伸ばした次の瞬間、ドンッという音と共に、彼の身体は武道館の床に転がっていた。
「気安く近づくな」
泰喬が右手をこちらに突き出している。彼の繰り出した気功のような技が龍を撥ね飛ばしたのだ。
「痛ってぇ~」
右肩を押さえる龍の元に「大丈夫か?」と皆が駆け寄る。いつもは穏やかな牙門が怒りを露わにし、従兄の前に立ちはだかった。
「何をするんだ、泰喬。乱暴な真似はしないでくれ」
すると牙門も突き飛ばした挙句、泰喬は「我々の邪魔をするヤツに容赦などない」と冷酷に言い放った。
「……そんな、ヒドすぎるね。ボクは、ボクのフレンドたちを傷つけるユーの行為を許さない!」
立ち上がったのはロッキーだった。彼は竹刀を泰喬の面前に、真っ直ぐに向けた。
「これ以上ヒドいことをするなら、ボクが相手になる!」
「白人か。どういうつもりか知らんが、調子に乗ると怪我をするぞ」
冷たく笑った泰喬はさっきの構えをロッキーにも向けようとした。が、牙門がその腕を抑え込み、やめてくれと懇願した。
「彼らには関係ない。お願いだ」
それから龍たちの方を振り向き、深く頭を下げた。
「いろいろ済まなかった、許してください」
「牙門……」
「龍、これが私の背負うものだったのです」
そう言い残すと、彼は「行きましょう」と傭兆を促した。
「じつは朱雀の在り処が判ったという情報が他から入っている。調査不足と言われても仕方あるまいな、牙門。おまえの身近にあったのだから」
牙門はギクリとした。身近というのはまさか、龍の祖父の道場では……?
「どこにあったのですか?」
「夏樹大二郎。この学園の校長だ」
3
足早に進む四つの影を必死で追う龍とロッキー、とんだ展開になってしまった。
影刃族の三人は牙門を引き入れ、校長の家に向かうらしい。既に帰宅した翔に電話を入れて事情を説明したのちに、至も現地で合流する手筈になっている。
とうに陽が落ちて辺りを支配するのは闇、そんな闇の中で忍者さながらの影刃族の動きは相当に早い。途中で見失いそうになりながら、何とかたどり着いた。
「すっげー、でっかい屋敷! 翔のヤツ、こんなとこに住んでるのかよ」
「ドクターから連絡いってるはずだけど、大丈夫なのかな?」
夏樹邸の前はしんと静まり返って人の気配もなく、影刃族たちが入っていくと、間を少し置いて二人もコソコソと、あとに続いた。
広がる日本庭園の向こう側の、池の畔に近い濡れ縁の上に誰かが立っている。
「他人の家を訪れる際はそれなりに挨拶するものだ」
植え込みに隠れていた龍は思わず「うわっ、初対面の人にもエラそーに」と口に出してしまった。
「リュウ、声が大きいよ。ボクたちがいること、バレちゃう」
腕組みをした翔は醒めた目つきで侵入者を眺めていた。彼が自分たちの訪問について承知していると理解した傭兆は丁寧な口調で話し始めた。
「これは失礼しました。私は中国に住む影刃族の若長、柳傭兆と申します。このたびはお願いがあってやって参りました」
「日本については詳しいらしいな」
「はい。我々はある目的のために、日本語は言うに及ばず、歴史や文化など、日本に関するあらゆる知識を習得してきました。目的とはすなわち、我が影刃族に伝わる宝剣、輝蹟の剣を取り戻すためでございます。輝蹟の剣は全部で四本、そのうちの一本がこちらにあると聞いて参上したのです。どうか、それを譲ってはもらえないでしょうか」
傭兆と名乗る男の他は女が一人、その隣にいるのは鋭い目つきの殺気だった男、そしてもう一人……
「地区予選で何やら嗅ぎ回っていたようだが、こういうお話だったとはな」
牙門は顔を上げ「それは違う」と否定した。
「秘密にしていたことは申し訳ないと思う。だが、私は今日まで、朱雀の剣がここにあるとは知らなかった」
翔は龍たちが潜む植え込みをチラリと見てから言葉を続けた。
「あれは朱雀の剣というのか。見たところ、ただの骨董にしか思えんが、どんな価値があるというのだ」
「貴様などに話す必要はない。さっさと剣をよこせ!」
さっきからイライラしていた泰喬が大声でわめくと、
「よさないか、泰喬」
そう諌めたのち、傭兆は翔の問いに答えた。
「影刃族は長い歴史のある民族ですが、今はすっかり没落してしまいました。それもこれも、元の時代に輝蹟の剣を失ったためなのです。我々は村の復興と繁栄を願い、一族の象徴である輝蹟の剣を四本とも手元に揃えたい。剣が揃えば皆の気勢も上がり、活気も戻ってくると考えているのです」
「本当にそれだけか?」
翔の真意を計りかねたのか、傭兆は「本当に、とは」と訊いた。
「……まあ、いい」
後ろを向いた翔が再びこちらに向き直る。至から連絡を受けて用意しておいたとみえ、彼の右手には臙脂色の鞘に入った刀らしきものが握られていた。
あれが影刃族の求める輝蹟の剣というお宝なのか。現物を目にした龍は思わず驚きの声を上げた。
春日道場にある先祖伝来の一振り、あのボロッちいのとは鞘の色が違うだけで、長さといい形といい、瓜二つ、そっくりなのである。剣は四本あると言っていたが、まさか……
「どうしたの?」
「やっ、べっ、別に。なんでもねえよ」
輝蹟の剣なのか否か。だが、今そのことを口にするのは憚れる気がして、龍は慌てて発言を誤魔化し、かぶりを振った。
すると、奥の部屋から何やら怒鳴り散らす声が聞こえてきた。声の主はあの高圧的な校長だとすぐに判る。
今帰ったばかりなのだろう、翔が鍵を壊して勝手に剣を持ち出したことに気づいて、スーツのまま濡れ縁に現れた大二郎はその場の異様な雰囲気と、マントを纏った謎の三人組の姿を目にして足を止めた。
「だ、誰だ、おまえたちは?」
翔は祖父の前に回り込み、手にした剣を鼻先に突きつけた。
「こいつはそこにいる影刃族とやらの宝だそうです。貴方の道楽よりも、一族の復興のために使うのが筋でしょう」
言うが早いか、彼は剣を庭に放り投げた。泰喬が受け取るのを見た大二郎の身体がへなへなとその場に崩れ落ちた。
「朱雀の剣、たしかに!」
傭兆に華鈴、牙門も駆け寄ると泰喬の周りを取り囲み、剣を覗き込んだ。
「おお、この鳳凰の模様、赤い輝きは朱雀に間違いない」
傭兆は背負っていた白い筒状の入れ物の中から、虎の彫刻が施された白い鞘の剣を取り出して二本を見比べた。
「あれは白虎の剣……そうか、中国に残っていたのか」
へたり込んだままの格好で大二郎が口走った。海を渡ったのは三本、彼の調査ではそこまで判明していなかったのだ。
「白虎……持ってきたのですか?」
「ああ、天盟様のお許しをいただいた。輝蹟の剣同士は呼び合うと伝えられている、探し出すのに使えると思ったのだ。ほら、聞こえるだろう」
ピーンと高い音がする。二本の剣が共鳴しているのだ、仲間を呼び合うように。
「本物だと納得したな。さあ、用が済んだらお引き取り願おうか」
翔が促すと、傭兆と牙門は頭を下げ、泰喬と華鈴の背中を押すようにして夏樹邸をあとにした。
静まり返った庭先、歌舞伎の一場面のように翔も大二郎も微動だにしない。
と、先に沈黙を破って翔が呼びかけた。
「おい、いつまで隠れているつもりだ。いい加減に出てこい」
「オー、ソーリー」
そろそろと植え込みから這い出した二人、龍はペロリと舌を出した。
「えっへへー。お邪魔してます」
「あいつらも気づいていたようだが、あえて何も言わなかった。まあ、どうでもよかったんだろうが」
「影刃族かぁ。なんだか変なの出てきちゃったなあ」
すると、ようやく動き出した大二郎は翔の前に立ち、胸ぐらをつかんで怒鳴った。
「なぜヤツらを帰した? どうして剣を渡したのだ、このバカ者がっ!」
バシッとその手を払うと、翔は鋭い目で祖父を睨みつけた。
「殺されたいのか?」
「なにっ?」
「剣を渡さなければ、俺もあんたもただでは済まなかった。泰喬とかいうヤツに殺られていたかもな。いくら何でも、丸腰であの男と闘うのは御免だ。あんただって命は惜しいだろう」
反論できずに大二郎は口籠る。
「あんなもの、くれてやればいい。厄介事はたくさんだ」
「でもさ……」
成り行きを見守っていた龍は口を挟んだ。
「ホントに手放してよかったのかな?」
「どういう意味だ?」
「どういうって言われても説明できないんだけど……」
翔は一瞬戸惑った顔を見せたが、すぐになげやりな口調で言った。
「とにかくこれで一件落着だ。帰るなら駅まで送らせてやるぞ」
「い、いいよ、歩いて帰るから」
到着したとたんに帰る羽目になった至に、事の次第を説明しながら、龍とロッキーは帰路に着いた。
4
帰宅後、これまでの経緯を一刻も早く祖父の耳に入れねばと道場へ向かう龍、そこでは先日と同じように団兵が床の間の前で正座をしていた。
「龍か、遅かったのう」
「うん、いろいろと。とにかく、じいちゃんに聞いてもらいたくてさ」
どかっと座ると、リュックから水筒を取り出して給水、一息入れる。とりあえずは気持ちを落ち着かせねば。
「何かあったのか?」
そこで龍は先程までの一連の出来事を語った。一言も発することなく聞いていた団兵は大きく頷いてみせた。
「……なるほど。では、春日家の家宝もその輝蹟の剣のひとつと考えてまず、間違いはなかろう」
元寇が剣紛失の発端となっている、御先祖は博多の武士だった、敵は剣を宝物のように扱っていた、などなど──辻褄が合う。
翔が持っていた赤い鞘の剣は朱雀、傭兆が持っていた白い鞘の剣は白虎と呼ばれていた。ならば、春日家の剣は……
「恐らく、青竜の剣じゃな」
「青竜?」
そこで団兵は方位を守護する四神獣の話を聞かせた。
四神獣には方位の他に、それぞれを象徴するいくつかのシンボルがある。そのひとつが色で、青竜は青、朱雀は赤……といったような決まりがあるのだ。青い鞘すなわち、青竜の剣と考えるのが自然だ。
「白虎は白ってついてるくらいだから、やっぱ白だよな。あとひとつは?」
「玄武のシンボルカラーは黒とされているが、紫が用いられることもあるのう」
「そっかー。青竜って、オレと同じリュウがついてるんだ、なんだかキンコンカンがわくな」
「それを言うなら親近感じゃろ」
「そう、それそれ」
さっきの場面──翔が剣を放り投げた時、龍は朱雀の叫びを聞いたような気がした。どうか自分を手放さないで欲しい、夏樹の家に置いて欲しいと……
あれは朱雀の剣が翔に親近感を抱いているせいではないか。生命体ではないモノがそういう感情を抱くというのも変だが、あのあと、傭兆が「剣同士が呼び合っている」と話していたように、特別なモノである剣には魂が、感情が宿っているのかもしれない。
「同じ名前……そうか」
団兵は棚から剣を取り出してきた。青い鞘に龍の彫刻、やはりこれは輝蹟の剣そのものだが、
「でもさ、こう言っちゃ何だけど、やっぱボロッちいよな。中身は木刀だし」
青竜だけが木刀とは考えにくい。四本とも同じだと思っていいだろう。鞘の彫刻こそ見事だが、こんな古めかしい木刀がどうして一族復興の鍵になるのか。
そもそも、剣の正体が木刀という事実がどこまで認識されているのかは解らない。影刃族はともかく、校長までもがなぜ、ムキになって手に入れようとするのか。
朱雀のみならず、白虎の剣についても心当たりがあったことからして、大二郎がただの骨董集めではなく、輝蹟の剣と知っていて関わっていたと推測される。
彼がそこまで関心を寄せるのは、一族の復興などとは別の目的があってのことなのだろうか。
首を傾げる龍だが、そんな彼に団兵は「持ってみなさい」と勧めた。
「えっ、オレが?」
言われるがまま剣を手に取る。想像していたよりは軽く、掌に吸いつくようだ。初めてとは思えない、以前からずっとこの柄を握っている感じがした。
そっと目を閉じると、
(青竜の声……聞こえる)
朱雀の時と同じだ。青竜は龍に親近感を抱いている。龍の手元に、春日の家に置いて欲しいと願っているのだ。
だが、いつか影刃族はこの道場にたどり着くだろう。残り二本の剣を探し出すのが彼らのミッションなのだから。
素直に渡すべきなのか。それは青竜の意思に反している。しかし、さっき翔が口にしていたように、ヘタに逆らうと命まで取られかねない。牙門が絶対にそんな真似はさせないだろうし、傭兆も乱暴な人物には見えないが、泰喬だけはヤバそうだ。
もしも自分の留守に押しかけてきたとしたら、団兵を危険に晒すかもしれない、それだけは避けたい。
「じいちゃん、影刃族のヤツらがここに来たらどうなるかな?」
「さあ。その時はその時じゃ」
「頼むから、怪我するようなマネはしないでくれよ」
「何を言っておる。この春日団兵、老いても武道家のはしくれじゃわい、心配するな」
「そういうのが心配なんだけど。年寄りの冷や水って言うじゃん」
『これが私の背負うものだったのです』
あの時の、牙門の悲しげな顔が忘れられない。ここに彼が来たらならば……
大丈夫、なんとかしてやる。オレたちは仲間だもの。龍は柄を握る指に力を込めた。
そう、オレたちは仲間──
……❾に続く