MY MEMORANDUM

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輝蹟の剣〈剣道部編〉 ❻

   第五章 地区予選大会開始

 

        1

 

 すっきりと晴れ渡った空には雲ひとつない日曜日の朝。今日はいよいよ地区予選大会当日、会場は県立総合運動場の一画にある県の武道館で、九時から開会式が行われ、引き続いて一回戦に入る。

 Aチームは一回戦第三試合、Bチームは第七試合に出場、また、同時に個人戦も行われる予定になっている。この予選で優勝・準優勝した二チームが県大会に、さらに県大会での優勝チームが全国大会へ出場……と、道程は遠い。

 ちなみに昨年の常聖はAチームがこの地区予選の準決勝まで進んだものの、強豪の元城(もとしろ)中学校に敗退、翔のみが個人戦で県大会五位という結果だった。今年こそはと校長の鼻息が荒いのも無理はない。

 当日は現地集合でと言われ、龍は至、ロッキーと運動場の最寄り駅で待ち合わせたのだが、予定の時刻に間に合わず乗り遅れてしまい、次の電車で向かう羽目になった。急いで改札を抜けると、とたんにド派手な姿の人物が目に飛び込んできて、思わず立ちすくむ。

「ハァーイ、リュウ! チコクだよ~」

「ロッ……な、なんだよ、その格好?」

「カイカイシキっていうから、いつもよりオシャレしてみたのさ、どう?」

「だから、式に出るのはレギュラーだけで、みんな剣道着着用だし、僕らは応援だよって説明したんだけど」

 隣に立つ至はすっかり困り顔である。なにしろ、ピンクのシャツの上に真っ赤なジャケットを羽織り、目の覚めるような紫色のパンツを履いた金髪少年の横にいるのだ。構内を行き交う人々の視線は釘付け、すっかり注目の的になっていた。

「おまえ、よくよく紫が好きだな。えっ、そんなジャラジャラもつけてきたのかよ。首、重くねえか?」

 ロッキーのネックレスを指さし、呆れるというよりは感心する龍、と、そこへ、

「なんだ、おまえたち、もう来ていたのか。早かったな」

 呼びかけられて振り返ると、改札の向こうから怪しい人々の集団が手を振っている。剣道部諸先輩方の御登場だ。

 トニーにジャックといった外国人たちはこれまた奇抜なファッションに身を包み、彼らの最後尾には純白のチャイナ服の美男子が控えている。いったいこれは何の集まりなのか、少なくとも剣道をやっている学生たちには見えない。

「……ドクター、上には上がいたぜ」

「そうみたいね」

 怪しい集団に巻き込まれた龍たちはそのままぞろぞろと武道館の方へ歩き出した。やはり武道館へ向かっている他の中学の生徒たちがいったい何事かと、こちらを見てはヒソヒソ話している。彼らは制服や揃いのスポーツウェアを身につけ、防具を担ぐ者もいる、大会の参加者もしくは応援団だ。

 服装はおろか、人種もバラバラ、あれが毎年トップクラスの成績を上げる常聖学園剣道部だとわかると、皆、腰が抜けるほど驚いたらしい。

「注目されているよね、やっぱり」

「そりゃそうだろ」

 龍と至はTシャツにチノパンといった普通の格好なのだが、彼らの周りがこれでは仕方あるまい。

「ミスター・トニー、コーチたちと一緒じゃなかったの?」

「来明と二人で何とかなるからいいってさ」

 能天気に答えるトニーに、ジャックたちがツッコミを入れる。

「トニー副キャプテン、それ、アシデマトイってヤツじゃない?」

「頼りにされていないんだな、やっぱ」

「アシデマトイ……オー、マイ、ガーッ!」

 トニーは大袈裟に落胆する格好をしてみせた。沢渡と来明は選手たちの防具の運び入れと大会手続きのため、車で一足先に会場入りしていたのだ。

 会場の武道館前には既にかなりの数の人々が集まっていたが、目立つ者がたくさん含まれているお蔭で、先に到着した部員たちともすぐに合流することができた。

 至が人数を数え始める。全員の到着を確認したら誘導する手筈になっているのだ。

「三十二、三十三……あれ、夏樹先輩は?」

「……呼んだか?」

 みんなとは少し離れた場所、武道館の壁に寄りかかるようにして、翔がいつもの格好で立っていた。

「あっ、しっ、失礼しました」

 ノートにチェックを入れる至、龍はそちらを向くと「そんなわかりにくいところにいるなよ」と文句を言った。

「遅れてきたヤツにとやかく言われる筋合いはない」

「遅れてねーよ! 集合時間まで、あと五分あるじゃねーか」

「まあまあ、龍君。それでは皆さん、控室に案内しますのでついて来てください」

 

        2

 

「只今より県中学生剣道大会、地区予選を開始します。開会の言葉……」

 武道館内の大道場には参加する選手一同が集い、それを取り囲む応援席には各学校の応援団から選手の家族、友人らがつめかけ、ざわめきが収まる気配はない。

 我らが常聖学園の指定席もレギュラー外の部員たちの他に、牙門ファンクラブの女子生徒がひしめき合い、大変な騒ぎになっている。家族用の席には団兵とみねの姿もあった。

 何しろ他校には見られない、ジャックのような目立つ輩が何人もいるのだ。大会の運営に携わる関係者の中にはこの有様を苦々しく思う者もいた。

「ほら、また常聖ですよ。何ですかね、あの格好は。もっと中学生らしい服装で参加してもらいたいものですね」

 一人が忌々しそうに言うと、相手も同意して、

「日本古来の伝統である、武道を受け継ぐ者がアレではね。強ければいいというものではないですよ」

 二人の中年男性がそんな会話をしているところへ、

「私のところの生徒がどうかしましたか?」

 迫力ある低音の声に振り返ると、そこには高級スーツに身を包んだ、立派な体格の初老の男が立っていた。言うまでもなく夏樹大二郎が仕事の合間を縫って会場へ駆けつけたのである。

 学園の運営だけでなく、他にも会社経営をしている彼はいわば、この地域の実力者であり誰も逆らえない。

 中年二人は縮みあがり「いやいや、今年の常聖はいいチームだと聞いていますが」と、おべんちゃらを使った。

「ええ。今年こそ元城を倒して、県大会へ行きますよ」

 自信たっぷりに答える大二郎、その尊大な態度に内心舌打ちしながらも、男たちは彼を持ち上げる。機嫌を損ねるような真似だけは絶対にしてはならないからだ。

「お孫さんの活躍も楽しみですね。今、二年生ですか。去年はたしか……」

「県大会で五位。やはり全国への壁は厚いといったところですかな」

「今年は期待できるんじゃないですか」

「さあ、どんなもんでしょう」

 大二郎はこの男たちが陰で自分を、学園のことを何と言っているか承知していた。彼らがどう思おうとかまわない。勝ちさえすればいいのだ。勝てば我々が王道になる。

 それでは失礼と、会釈をした大二郎はおどおどした様子の二人を尻目に、悠々とした足取りで来賓席へと向かった。

 

        3

 

 開会式が終了し、貼り出されたトーナメント表に皆が群がる。A・B両チームとも初戦は楽勝の相手だ。

 剣道の団体戦は五人一組のチームによって行われるが、戦うのは一対一で、先に三勝した方が勝ちとなる。

 五人のうちの一番手は先鋒と呼ばれ、二番目が次鋒、あとは中堅・副将・大将の順で、相手の出方にもよるが、大抵の場合、チームで一番強い者が大将に選ばれる。

 今年のAチームは先鋒・トニー、次鋒・来明、中堅・牙門、副将・龍、大将・翔と決まった。

「せーの。牙門さーん、がんばってー」

 応援席で黄色い声を合わせる女子たち、羨ましいやら妬ましいやらで、二年でBチームの谷村が牙門をこづいた。

「ったく、この色男。ムカつくよなー」

「そんな、私は別に……」

「いいって、いいって。ファンは大切にしなきゃ」

「そうそう。あれ、トニー先輩のファンも来ているみたいだぞ」

 二年・補欠の小田があごをしゃくると、なんとブロンド美人たちが声援を送っており、それに応えてトニーが彼女たちに熱いキッスを投げていた。

「なんじゃありゃ」

「外専キャバレーかっつーの」

「まあまあ、いつものことじゃないか」

 来明がなだめるように、後輩たちの肩を叩いた。

 トニーが入部したのは二年からだったが、すぐにレギュラーの座を獲得。以来、つき合いのある来明は試合毎の、このような光景に慣れっこになっていた。

 ニッポンのミヤモトムサシに憧れて剣道を始めたとのたまうトニーに、最初のうちは何が武蔵だとムカつくこともあった来明だが、裏表のないこの同級生に、今では友情を感じている。

 副主将としての役割はあまり果たしていないが、ライバル意識むき出しの、ギスギスした雰囲気になりがちな部内を和やかな雰囲気にしてくれるトニーには感謝していた。

 そして今年はもう一人、明るくて元気な一年生が入部してきた。

 ブロック別リーグ戦のあとの、Aチーム残り二名を決める試合にて、来明はその一年生・春日龍に負けた。三年で主将たる者が一年に……

 それでも負けは負けと認めなくてはならない。その時、来明は思った。

 一年でただ一人のレギュラー、しかもAチームに入った春日龍、実力といい性格といい、申し分のないヤツだ。彼がいるなら、きっとこの先も常聖剣道部は大丈夫だろう。既に彼の入部は部内のみんなに影響を与えている。内気な牙門は明るくなったし、あの夏樹も変わった。

 傍目にはわかりにくいが、部員たちの動向を常に観察している来明は翔の変化を感じ取っていたのである。

 校長の孫というだけではなく、勉学に於いては学年トップ、剣道も敵なし。牙門ですらライバルにならなかった格段の実力差で、翔の存在は剣道部内でも特別なものになってしまった。ゆえに、練習に参加しなくてもお咎めなし、そもそも、本人もやる気が起きなかったのだろう。

 龍の技量は今のところ牙門と同等か、それ以下かもしれない。だが、彼はまだ伸びる。もっともっと強くなる力を秘めている。それが解るから、翔は彼を意識しているのだ。

 とにかく、夏樹がやる気になってくれたのはいいことだ。来明は満足だった。

 

        4

 

 初戦を五対〇で圧勝した常聖Aチームは二回戦、三回戦と順当にコマを進めて準々決勝に進出、残念ながらBチームは二回戦で敗退した。

 同時進行で行われる個人戦も途中までのカードが終了して、休憩時間に入った時のこと。牙門が他校の生徒に話しかけているのを見咎めた翔はその会話に耳をそばだてた。

「……のツルギ? さあ、オレは聞いたことないけど」

「骨董というか、古い三本の剣なんです。それぞれの鞘の色が青、赤、紫で、どれも動物の彫刻が入っていて……少し錆びているかもしれないんですが」

 説明を続け、何とか理解してもらおうと必死な牙門、彼の語る内容に思い当たる節がある。そうなのだ、忍び込んで目にした、祖父のコレクション『朱雀の剣』と、部下に捜索を命じている残りの三本だ。

 赤はあの朱雀、ならば青は東の方位を守護する四神獣の青竜、紫は北を守護する玄武だろう。西を守護する白虎が──鞘の色はたぶん白だ──含まれていないのはなぜかとも思うが。

 質問された相手が首を横に振る。

「もしも、お知り合いの方でそういった剣を見かけたことのある人がいたらぜひ御連絡ください。お願いします」

 牙門は深々と頭を下げると、また別の人を捕まえては同じ質問を繰り返していた。懸命なその姿に、それが彼にとってかなり大切な探し物であることは充分察せられた。

(キセキのツルギと呼んでいたな。おそらくジジイの持つ朱雀の剣がそのうちの一本で間違いない)

 納得し、その場を離れた翔は選手控室へと向かった。

 何の理由があって牙門は剣を探しているのだろう。しかも、よその学校の連中にのみ尋ねているのも妙だ。常聖の部員たちにはなぜ訊かないのか。校内で広まるのは都合が悪いのか。

(……面白くなってきたな)

 牙門にやすやすと在り処を教えてやるほどお人よしではない。この先、彼がどういう行動に出るのか、見届けてからにしようと、翔は考えた。

 控室に入ると、常聖学園用に割り振られた一角にて、龍が何やらムシャムシャと食べまくり、その姿を至とロッキーが呆れ顔で眺めているのが見えた。

「リュウ、そんなに食べたら身体に毒ね」

「そうだよ。もうすぐ次の試合だっていうのに、お腹が痛くなっても知らないよ」

「だって美味いんだもん、これ」

 彼の手元にはクッキーやらケーキやら、牙門がファンの女の子たちに貰った差し入れをそのまま頂戴したのである。

「昼休みも山盛りランチ食べたのに、どこに入るんだろう」

「なんだか気持ち悪くなってきた」

 食の細い至は本当に気分が悪そうだ。

 頬張った菓子をペットボトルのウーロン茶で流し込む龍、

「あー、食った、食った。持つべきはモテる先輩だな」

「……おめでたいヤツだ」

 翔が控室にいたと、初めて気づいた三人は驚いてこちらを見た。

「夏樹セン……」

 至が口にするより早く、

「な、なんだよ、いちいちオレにいちゃもんつけてさ」

「龍君てば、マズイよ」

 龍が喧嘩腰で突っかかったため、二人の同級生は慌てて友を制止した。

 どうしてこいつの言動がこんなにも気にかかるのか。

 これまで剣道部内はおろか、学園の誰とも深く関わることなく過ごしてきた翔にとって、春日龍は初めて関わりをもってみたいと感じていた相手──

 もちろん、本人は無意識のうちにおこなっていることである。誰かが「春日と友達にでもなりたいのか」と問えばバカバカしいと一笑に付するだろう。

「その口のきき方、春日、俺を二年だと思っていないな」

「す、すいません。ほら、龍君、先輩怒っちゃったじゃないか」

 オロオロする至にはかまわず、

「そーだけど」

 ふんぞり返る龍、牙門には対等でいようと言われたが、すべての二年生がそう考えているわけではない。むしろ、対等などと言われれば怒る者が大半だ。

「フン、開き直ったか。それは俺と対等だと言っているのか」

「そんなつもりはねえよ。ただ、なんとなく……仲間だから?」

 仲間──思いがけない言葉に、翔だけでなく至とロッキーも呆気にとられた。

(どうした、何を惑わされている)

 こんな一年に振り回されるなんて冗談ではない。翔は動揺する自分を取り戻すのに懸命だった。

「……仲間か。面白い、気に入った」

「あ、あの、先輩。次は第五試合場で」

 おそるおそる切り出す至に向かって、

「了解した」

 そうと答えた彼は控室をあとにした。

 

        5

 

「……何しに来たんだ、あいつ」

「リュウ、レッド・ホークのことはいつもボロクソなのに、意外な発言ね」

「だってさぁ、向こうがいつもああなんだもん。ギャフンと言わせてやろうかなぁー、なんて」

 お気楽な龍の言葉に、至は溜め息をついた。

「やれやれ、寿命が縮まったよ。それにしてもさ、初めて夏樹先輩を間近で見たけど、けっこうイケメンなんだよね。牙門先輩みたいにモテてる様子はないけど」

 至の発言に、龍は唇を尖らせた。

「モテるわけねーじゃん。無愛想で憎たらしくてさあ。男も愛嬌の時代だぜ」

「だったら、龍君がモテるはずなのに。変だなあ」

「だからリュウは男にモテるんだって」

「ロッキー、その話はナシで」

 ワイワイガヤガヤ、じゃれ合う子犬のような三人も控室を出て、第五試合場へと向かった。

 さあ、いよいよ準決勝だ。

 相手は今年も優勝候補の元城中、昨年同じ組み合わせで敗れたために、常聖は県大会への切符を逃したという経緯がある。昨年のリベンジ、絶対に負けるわけにはいかない。

 Aチームの五人は横一列に並んで座り、防具をつけている。それと対峙するように、試合場を挟んだ反対側に元城中のメンバーが座っていた。

「元城は去年と同じメンツだな」

 来明がそう言うと、牙門が同意した。

「そのようですね。順番も同じだったと思います」

 こちらは龍という新メンバーがいるが、彼と対戦する元城中の副将の顔を見た翔は「あっちの副将に気をつけろ」と忠告した。さっきの今だ、戸惑う龍だが、翔にはかまう様子はない。

「去年、俺はあいつと当たった」

「気をつけるって……」

「ヤツは反則技を使う。小手を打つと見せかけて、腕の部分をわざと叩く。誤魔化し方が巧くて審判たちも見抜けない」

 なんて卑怯なと、龍が岩本という男を睨みつけると、向こうもこちらに気づき、翔と龍を見比べるようにしてニヤリと笑った。

「んにゃろうっ!」

「挑発に乗るな、相手の思うつぼだ」

「でもさ、どうしてオレに」

「仲間の助言には耳を貸すものだ。それともボロ負けしたいのか?」

 ハッとする龍、翔はさらに突き放す。

「勝って県大会、全国にも行くんじゃなかったのか。文句があるなら棄権しろ、交代だ」

「だっ、誰が棄権なんかするかよ!」

 更に反論しようとした龍だが、そこでセリフを飲み込んだ。

 オレたちは仲間──口から出まかせに言ったはずの言葉がじつは大きな意味を持っていた。今はまだ知らない、いにしえからの深い絆がそうさせたのだとしたら……

                                 ……❼に続く