序章 キセキは始まった
「赤、一本っ!」
「おおーっ」
その瞬間、会場内がどよめいた。地区の道場対抗小学生剣道大会の最終試合に決着がついたのだ。
「じいちゃーん、ばあちゃーん、やったぜ!」
優勝カップを手に、転がるように走り寄ってくる小柄な少年の姿を眺めると、春日団兵(かすが だんぺい)は大きく頷いた。
「さすが龍じゃ。あの場面でよくぞ決めた」
「ほんと、たいしたもんですね」
団兵の傍らで妻のみねが微笑む。海外赴任中の両親に代わって養育している孫の雄姿に二人とも満足気な様子だ。
応援席の前まで来ると、春日龍(かすが りゅう)は祖父母を交互に見やり、もう一度カップを掲げた。
「ばあちゃん、優勝記念に今夜はすき焼き。いいでしょ?」
「はいはい、龍の大好物だものね」
すると、喜び合う三人の元に、スーツ姿の真面目そうな男性が近寄ってきた。
「優勝おめでとう、春日くん」
「あれ、山岡先生?」
「これは……わざわざお越し下さりありがとうございます」
孫の担任教師に、親代わりの老夫婦が頭を下げる。
「それでは推薦入学の件は」
「ええ、大丈夫でしょう。私が太鼓判を押しますよ。いや、試合を見に来てよかった。さっそく書類を用意しますから」
ポカンとした顔で、龍は担任を見つめた。
「先生、何の話……」
「ああ、お二人に常聖(じょうせい)学園への推薦を頼まれていたんだよ」
「えっ、常聖って、あの」
「そう、あの常聖さ。それも特待生扱いしてくれるらしいよ」
私立常聖学園は中等部と高等部からなる、いわゆる中高一貫教育の学校で、制服もなく髪型も自由という校風が売り。外国人の多い土地柄のためか、帰国子女や留学生も積極的に受け入れている。
勉学だけでなく部活動にも力を入れているこの学校は部の強化を図るという目的で、今回剣道の大会で優勝した、いわば一芸に秀でている龍のような小学生をスポーツ特待生として迎えているのだ。
「特待生なら学費は安いし、高校受験もしなくていい。君にとっては願ってもない話だと思うけどな」
スポーツは得意だが勉強は苦手。ベタな主人公タイプの龍は「ま、まあ……そのまま高等部に上がるってのはいいかも」と、心は既に常聖へ入学気分。
そこに待ち受ける仲間との出会いと、数多くの試練など、今の彼には知る由もなかったのである。
……❷へ続く