MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

オカマ先生と秘密の衣裳部屋 ❶

〈浅木尚人からの電話〉

 

「もしもし、お久しぶりです、先生。寒い毎日が続いていますけど、お変わりありませんか? こんなに早い時刻から失礼かとは思いましたが、出勤される前にと……今、自宅にいらっしゃるんですよね? えっ! 札幌のホテルって、それマジですか? マイッたなぁ」

「学会? 毛ガニ食べ放題つきの? 冗談ですよ、冗談。おもしろくないですよね、失礼しました。それにしても、この季節にはちょっとキツイところですね」

「ええ、まあ、こちらも何とかやっていますけれど、こうも毎日のように事件が発生するんじゃ、身がもちませんよ。非番なんて、あってなきがごとしです」

「はっ? 商売繁盛だなんて、そんな、縁起でもないこと言わないでくださいよ、まったく。捜査一課なんてのは暇な方が世の中のため、平和の証ですから」

「ではさっそくですけれど、先生にお電話したのは……はあ、さすがに察しがいいですね。今朝のニュースでご覧になりましたか。そうです、昨夜、川崎市内にあるマンションの五階から男性が落下した……」

「事件ですよ、絶対に事件ですって。報道では事故と事件の両面で捜査中、なんて発表されていますけれど、どうみても事件、殺人事件です」

「ヤケに力が入ってるって? そりゃそうですよ。いや、ちょっと不可解なことがあって、じつのところお手上げというか……なんて、ボクがバラしたなんて言いふらさないでくださいよ。神奈川県警の恥さらしになってしまいますから」

「だからこうやって、恥を忍んで先生の助言を仰いでいるんじゃないですか。ええ、皆さん承知していますよ。現役の若手大学教授という肩書きが効いているみたいですね。あ、もちろん、これまで起きた難事件の解決に関して、先生が残された輝かしい功績は教え子としても誇らしいかぎりです」

「渥美警部の許可ですか? それはちょっと……ボクらは面白い、じゃなくて、素晴らしいと思ってるんですけどね、神明大学名物・オカマ探偵。ただ、あの頭の固い警部だけは先生の愛すべきキャラがどうにも気に入らないみたいで」

「『我が国有数の学府で教鞭を取る者が同性愛者などとはけしからん』なーんて言ってましたよ、アハハハ。うわっ、そんなにキレないでくださいよー。ボクが言ったんじゃありませんよ、警部なんですから」

「それにしてもついてないなぁ。先生が横浜にいらしていたら、現場を見てもらえるのに北海道じゃあ、とても無理ですよね。お帰りはいつ? あさってかぁ、こればかりは仕方ありませんね」

「お土産は噂の毛ガニで手を打ちますから、とりあえず話を聞いていただいて、何かヒントみたいなものをもらえたら幸いなんですが……よろしいでしょうか? ありがとうございます。あー、先生と同じケータイ会社で助かった。北海道とでも通話無料なんてありがたいですよ」

「えーと、被害者は不動産会社経営の溝口康平(みぞぐち こうへい)氏の長男で、都内の私立大学四回生の溝口修平(しゅうへい)、二十六歳。三浪した上に留年という、結構な身分です。彼は大学進学を機に千葉の自宅を離れ、父親が所有するこの賃貸マンションの五階に一人で住んでいました」

「マンションの造りを説明しますと、一階は屋内駐車場と管理人室、住居は二階以上となっています。二階から四階までは1DKの間取りで、戸数はそれぞれ六戸。ほとんど入居済みですが、五階のみ3LDKという贅沢な間取りになっていまして、従って戸数も三戸と少なく、しかも入居しているのはガイシャだけでした」

「そうなんです、五階は彼のみ。金持ちの息子らしく我儘し放題というわけで、ワンフロアーを一人で占領していたんですが、それだけじゃなくてですね……」

「はいはい、先に状況の説明ですね、わかってますよ。もう、せっかちなんだから……って、何も言ってませんよ、はい」

「ガイシャは建物とフェンスの間にある植え込みの中に転落していました。遺体を発見したのは物音を聞いたマンションの管理人と二〇五号室の住人です。遺体発見時刻の午後十時が死亡推定時刻と一致する点から、死因は転落による骨折及び全身打撲で間違いありません」

「遺体の位置から察するに、転落したのは自室の五〇一号室ではなく、空室のはずの五〇二号室の窓からで、発見時には開いていました。部屋の明かりは点いていなかったようですが、目撃されるのを恐れた犯人が消したと考えるのが妥当でしょう」

「目撃情報ですか? 残念ながらありません。ガイシャが誰かと揉めていたとか、何者かに突き落とされた、逃げる人影を見た、などといった情報は一件もありませんでした。この窓は北向きで裏のビルが隣接していた上に、付近は閑静な住宅街ですから、夜の十時過ぎという時刻に、人通りがさほどあるとは思えませんしね」

「こうなると防犯カメラに期待するしかないわけですが、駐車場側もエントランスからの出入り口も当然ながら設置されていますし、どちらの入り口から入っても管理人室前のホールを通ってエレベーターや階段にたどり着くようになっていますから、何者かが監視の目を逃れてこっそり建物内に侵入することは難しいと思います、が……」

「管理人は管理する人であって警備員じゃない。おっしゃるとおり、ごもっともです。始終見張っていたわけではないです」

「ちなみに各階のエレベーター前にも防犯カメラがあるので、住人の出入りの様子はたいてい把握できるようになっています。ええ、だいたいというのはですね、階段側にはカメラがないので、そちらを使っての建物内の移動までは把握できないためですが、階段を上り下りする人はあまりいないという話です。もちろん、まったく使われていないわけではありませんが」

「この日、ガイシャは珍しく真面目に大学の講義に出席しまして、帰りに友人と食事をとって、帰宅時間は午後八時過ぎ。その後はどのカメラにも写っていないことから、転落するまで建物からは出なかったと思われます。はあ、それは連れがあったかという意味ですか? いえ、一人で帰宅していました」

「さて、先ほど五〇一号室ではなく、無人のはずの五〇二号室の窓からと申し上げましたが、ガイシャは無断でこの部屋を使っていました。つまり、三戸あるうちの二戸を占拠していたと」

「マスターキーの存在はどうなっていたかですね。もちろん確認しましたよ。閉じ込みなどの問題が発生する可能性のある、入居者のいる部屋に限っては管理人室に保管されていましたけど、空室に関しては父親の会社である不動産管理事務所で預かっているため、マンションの住人が勝手に入り込むことはできないようになっていました」

「しかしながら、社長の息子という立場を利用したガイシャは残り二つの空室、すなわち五〇二と五〇三のうち、二の方の鍵を手に入れていたという次第です。何しろ他より賃貸料の高い部屋ですから、入居希望者は現れないまま、使いたい放題だったんでしょう」

「それにしても一人暮らしのくせに、3LDKの間取りでは足りず他を使っていたなんて贅沢なヤツだと思いますよね? 先生のマンションだって、たしか1LDKでしたよね。まあ、独身の中年男にはそれでじゅうぶんかなと……あ、やべ。口が滑った。ああもう、ヘソ曲げないでくださいよ。ボクが悪うございました、って」

「話戻しますよ。無断使用には別の理由があったんですよ。五〇二号室はある目的のために使われていました。いやぁ、この部屋に入ったときの、我々の驚きといったら……」

「ガイシャは熱狂的なマンガ・アニメオタクだったんですよ。ですから、壁という壁にアニメキャラのポスターが貼ってあるわ、フィギュアは飾られているわで、マンガ喫茶を開店できるほどの数のコミックスが棚にずらっと並んでいる部屋もありました。よくぞ集めたって感じです」

「リビングにはテレビとDVDプレイヤーが設置されていまして、傍にはDVDソフトが山のように積んでありました。もちろん五〇一号室にもテレビはあるんですけど、そっちにはアニメのソフトは置いていませんでした。つまり、たまに様子を見にくる両親の目を欺くために、アニメ鑑賞とグッズ置き場専用として、五〇二号室を使っていた、そういうことらしいです」

「ええ、溝口夫妻というのが、アニメなどのサブカルチャーなんて低俗だ、みたいな考えの持ち主だったらしくて、さすがの放蕩息子も金づるの意向には逆らえなかったみたいですね。そんな両親のくれる、たくさんのお小遣いがアニメグッズに変身しているのは皮肉ですけど」

「それから、3LDKのうちの、本来なら寝室に使うはずの部屋はコスプレ用の衣裳部屋になっていまして、クローゼットの中はもとより、床に置かれた衣裳ケースにも、そのテの服が溢れ返っていました。ちなみにここが殺害現場と判断しています」

「あ、コスプレって、ご存知ですよね? いえ、なめてるなんて、先生に対してそんな大それた真似をするはずないじゃないですか。アハ、アハハ」

「コスプレ用の衣裳はアニメショップや通販なんかでも手に入るらしいですけど、とにかく物凄い数でしたよ。アニメを鑑賞するだけじゃ物足りなくて、自分自身もアニメキャラになりきりたかったんでしょうが、いいんですかねぇ。二十六歳の若者がそんなことにうつつを抜かしているなんて……」

「ほっといてくださいよ、もう。どうせボクはオヤジ臭いですよ。三十路前にしちゃあ落ち着いてるって……そんなのどうでもいいじゃないですか。だいたい、こんなボクをアタシ好みのイケメン刑事って呼んだのはどこの誰でしたっけ? 忘れたとは言わせませんからね」

「えっと、それじゃあ、現場の写真を幾つか送りますね。もちろん警部には内緒ですから……えっ? パソコン壊れちゃったって、マジですか? 困るじゃないですか、学会の方はどうするんですか」

「はあ、何とかなるっていうならいいんですけど……じゃあ、写メで送りますから、よろしくお願いします」

                                ……❷に続く