MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

オカマの王子様と時雨の森の幽霊館 ❼

  Ⅵ  暗号

 

 凛子チームと良太チームの戦いは残すところ、あと一回となった。

 ところが三島先生は腕時計に目をやり、

「おや、もうこんな時間ですね」

と、残念そうに言った。

 その言葉につられて創が総一朗の時計をのぞくと、時刻は十時をまわっていた。

「よい子は早寝早起きした方が……」

(えー、いつもこれぐらいの時間まで起きてるんだけどな)

「第四回戦は暗号解読を予定していたのですが、どうしたものか」

「暗号?」

 尚人が、歌純がそれぞれに仲間たちと顔を見合わせる。

 優秀な頭脳を誇る二人にはぴったりなバトルかもしれない。

「では、こうしましょう。二人には今夜一晩考えてもらい、結果は明日に持ち越すということで承知していただけますか?」

 小学生が五人いるという状況なので、誰も異論はなく、そこへ薫が遠慮がちに口をはさんだ。

「あの、先生、皆さんの部屋割りはどうしますか?」

「おお、そうだ。それを決めなくては。部屋数には余裕があるんだが、友だち同士で同じ部屋になりたいでしょうからね」

 先生は館の見取り図を取り出し、それを見た創はこの建物全体のつくりをようやく理解することができた。

 一階は玄関を入ってすぐ左側に階段があり、奥に向かって廊下がズズーッと伸びているのがよくわかる。

 集いの間、キッチン、例の開かずの間以外にも納戸や広間だの、客間だのと、似たような名前のついた、使われていない部屋がいくつかあるとわかると、どうりで廊下が長いはずだと納得した。

 三島先生が書斎として使っている部屋もあり、そこは廊下側の前後に出入り口があるほど細長いのだが、どうやら二つの部屋の間仕切りをなくして、ひとつにしたらしい。

 二階と三階は一階にくらべて面積はせまいが、南側に大きなサンルームと、同じつくりのツインの部屋がそれぞれ四室、廊下を境にして二つずつ並んでいる。

「二階は私と薫くんがひとつずつ使っていますので、東側の二部屋が空いていますが……ああ、こちらが圭輔くんと良太くんの兄弟でよろしいですね? では、そのとなりは歌純さんでかまいませんね」

 三階は総一朗、尚人と創、彩音は凛子と同室なのが不服そうだったが──それなら四つ目の部屋が空いていると勧められたが、さすがにひとりで寝るのは怖いらしい──しぶしぶ承知した。

 見取り図の各部屋に誰が泊まるかを書き込んだあと、三島先生はその紙を渡して、必要なものを運び込むよう、薫に命じた。

「わかりました」

 薫が廊下に出たあと、

「先生、宝石を見せてくれるっていう約束はどうなったの?」

と、彩音がごねだした。

「ああ、そうでしたね。書斎の金庫に入っているんですよ」

「金庫なんてあるんですか?」

 歌純が聞き返すと、もともと建物にあったものをそのまま譲り受けたという返事。

 そこで一行は集いの間の向かいにある書斎に移動した。

「さあ、どうぞ中へ」

 うながす声に導かれるように、人々は玄関に近い方のドアから、その場に足を踏み入れた。

 もう一方の、奥のドアに近い北東の角には作家の仕事場にふさわしく大きな机がすえてある。

 さすがにこの部屋に置かれている骨董品は机の上の小さな壷ひとつきりで、あとは廊下と同じような油絵の風景画だけ。ごたごたと置くのはじゃまだし、気が散るからだろう。

 机とは反対の位置にあたる、西側の壁に密接した書架にはたくさんの書籍がずらりと、すき間なく並んでいる。

 書架の横にひときわ目を引くもの、デンと鎮座しているのは大型の金庫であった。深緑色の本体はつや消し加工されているのか、にぶく光っている。

 大きさは高さ一メートル三十センチほど、幅は一メートル、奥行きも一メートルあるだろう。

 重さは約百キロ。大の男が二人がかりで持ち上げられるかどうかという重量だが、かなり古いもののようだ。

「あれ、鍵をかけてないんですか?」

 圭輔の問いに、

「鍵はとうに紛失したらしくてね」

「無用心じゃないっスか」

 どろぼうが入ったらどうするのかという心配を受けて、みんなが怖がって近づかない幽霊館にお宝があるなんて、誰も思わないだろうと先生は笑った。

「まあ、そうですけどねぇ」

「じつは薫くんにも内緒で持ってきたんですよ。あとで怒られそうだな」

 ところがこの金庫、古いだけあって掛け金がさびているらしく、三島先生は圭輔の手を借りて、何とか扉を開けた。

「こりゃあ、子どもや女の人の力じゃ絶対に開けられないよ」

「最初に開けたときはここまで大変じゃなかったんですが……」

 そんないいわけをしながら、先生はビロードの生地で作られた箱をうやうやしく取り出した。

 百科事典ほどの大きさの箱の上ぶたを持ち上げると、そこにはダイヤモンド、ルビー、エメラルドと、まばゆい光を放つ石がずらりと並んでいた。

「私のコレクションの一部です。大半は銀行の貸金庫に預けてありますが、この輝きをながめるのが楽しみでね」

 それから三島先生は凛子の方を向いて、

「この前の会合のとき、みんなに見せるといったジュエリーコレクションですよ。ちょうどいい機会でもあるし、ここまで持ってきました」

と、説明した。

「わあ、スゴイ」

「何てキレイなの」

 彩音や歌純がうっとりと宝石を見つめ、凛子も目を輝かせている。

(やっぱり凛子も女の子なんだな。宝石に夢中になるなんてさ)

「ホント、ステキね」

 なんと、総一朗までもが少女マンガのようなキラキラおめめになっているのを見て、創はあっけにとられた。

(げっ、オカマも夢中になるんだ……そうだよな。あのスパンコールがピカピカのジャケット見ても、ひかりもの大好きって感じだし。テレビに出ているオネエ系の人も、ピカピカが好きな人、多いもんな)

「いかがですか? このルビーの赤は最高級の……あ、いや、失礼。宝石をあつかう仕事をしていたので、つい」

 宝石について語ったら夜が明けてしまうと苦笑したあと、先生はここで暗号を披露すると言い出した。

「たしか、コピーしたものがこの机に入っているはず……ああ、ありました」

 三島先生は机の引き出しから取り出した紙を広げて、おごそかに読み上げた。

 

 

   美のかたわらの青い石が憂鬱を救う

 

「僕は独り ただ一人 孤独な毎日 寂しい日々」 

 

「もうすぐ行くわ」

 

「友もいない 仲間も居ない 悲しい毎日 淋しい時間」

 

「もう泣かない 今は 貴方のそばに 私がいるから」……

 

 

「何ですか、それは?」

 暗号と聞けば、ミステリのほかにもスパイ映画や宝探しの冒険ストーリーなどがある。

 それらのお話に出てくるような、カッコイイものを想像していた人々はあてがはずれてあきれ返ったが、

「この文章が何を表しているのかを考えてください。実際の文面を見た方がわかりやすいかもしれませんよ」

 先生は平然と言い、二枚の紙を尚人と歌純にそれぞれ手渡した。

 そこで創はさっそく尚人の手に渡った紙をのぞき込み、続いて凛子と総一朗も寄ってきた。

(マジで「何じゃこりゃー?」だよ。オレの知らない漢字が多いのもムカつくし、ユウウツを救う、なんてワケわかんないし。意味不明で超ダサすぎ。売れない演歌の歌詞の方がまだマシじゃねえか)

 とにかくセンスが感じられない。

 ミステリ作家の作る暗号がこの程度のものとは、セレブ探偵シリーズはほんとうにベストセラーになったのか疑わしい。

「さあ、今夜はここまででお開きにしましょう。明日の朝八時から朝食となりますので、そのつもりでいてください」

                                 ……❽に続く