MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

オカマの王子様と時雨の森の幽霊館 ❻

  Ⅴ  呪いのアトリエ

 

「続いて三回戦とまいりましょうか」

 三島先生の声に、創はわれに返った。

 三回戦──自分と彩音の対戦じゃないか。いったい何をやらされるのだろう。何だかイヤな予感がする。

「加瀬創くんと菊川彩音さんにはアトリエへの肝だめしに挑戦してもらいましょう」

「イィ~ッ?」

「やっだぁー!」

 創と彩音は二人同時に、悲鳴と抗議の声を上げた。

 今しがた、おどろおどろしい殺人事件の話を聞かされたばかりなのだから、文句をつけるなと言う方が無理だ。

(そんな、よりにもよって、オレの対戦に肝だめしを持ってくるなよ~)

 だからといって、カルトクイズや推理力対決で勝てるはずもなかったが。

 すると先生、ニヤッと笑って、

「おや、このままでは良太チームの敗北が確実になってしまいますよ」

と、彩音を挑発した。

「イヤ! 殺人のあった部屋に行くなんて絶対にイヤよ!」

「残念だなあ。優勝チームへのプレゼントは私のコレクションから選び抜いた宝石をと思っていたのですがね」

「ほ、宝石?」

「ええ。ダイヤかルビーか、それともサファイアか。何が出るかはお楽しみ」

「えっ、ホントに? 持ってきてるの?」

「もちろんですよ。何ならあとでお見せしましょう」

 とたんに彩音は態度を変えた。

 女という生き物はどんな世代でも、美しく光る石に弱いらしい。

「やるわ! 宝石は絶対にゲットよ!」

「がんばれ、彩音ちゃん!」

 やる気モードになった彩音から創に視線を移すと、三島先生は皮肉っぽく言った。

「女の子の彩音さんが挑戦するんですから、男としてはやるしかないんじゃないかな、創くん」

「えっ」

 言葉をつまらせる創、ひざがガクガクしてきたのがわかる。

 じつは幽霊が苦手だと告白してしまおうか。凛子の前で……

 ダメだ、カッコ悪すぎる。

 ダサいと言って良太があざ笑い、尚人にもあきれられるだろう。

(えーい! こうなったら、アトリエだろうが何だろうが、行ってきてやる!)

 恐怖よりも男の意地が打ち勝って、創は覚悟を決めた。

「それではルールを説明しましょうか」

 ルールは簡単だ。集いの間を出て廊下をまっすぐに進み、裏口から渡り廊下を伝ってアトリエに入る。

 アトリエの内部は事件当時のままで、奥のたなには画材なども残っているので、何かひとつを持って帰ってくる。

 行き帰りにかかった時間と持ち帰った物で、勝敗を決定するというのだ。

 さて、どちらが先に行くのか。

 対戦相手が女の子である以上、自分が先発になるしかない。

 勝負にのぞむ創に、チームメイトである三人がそれぞれエールを送る。

「たいした距離じゃないし、大丈夫だよ」

(尚人め、ひとごとだと思って)

「創くん、気をつけてね」

 こちらの顔を不安そうにのぞき込む凛子を見ると、くじけそうになってきたが、

「勝敗なんて気にしなくていいのよ。何かあったらすぐに行くから」

 総一朗がそう声をかけてくれたおかげで、気分が少し軽くなった。

 薫がストップウォッチを押し、その手から受け取った懐中電灯を握りしめると、創はブロンズ色のドアノブを回した。

 ここから裏口へと一直線に伸びる廊下にはあいかわらずロウソク型の電球がぽつりぽつりと点いているが、その先に絵画や骨董品は並んでいない。プチ美術館はここまでで終了のようだ。

 もしや、そこらにオーナーの息子の血痕が残っているのではと、足元に懐中電灯の光を向けたが、それらしいシミはなく、がらんとした廊下をふみしめながら歩く。

 怖いからといって、走ってはいけないと言いわたされたため──時間をはかる理由はそれだ──できるだけゆっくり歩かなくてはならないのだ。

 静まり返った空気の冷たさに、創は身ぶるいした。

「あ、あの部屋は……」

 大きな古びた南京錠と鎖が取っ手の部分にとりつけられているドア、そこが画家夫妻の亡くなった現場、問題の寝室として使われていた部屋である。

 まるで土蔵のように外側からガッチリと鍵がかかっているあたり、異様な感じがしてならず、目をそむけたいのについ、そちらを見てしまう。

 いきなりドアが開いて、血まみれの夫妻の顔がのぞいたら、こちらを見て笑ったらどうしよう。

 ああ、そんなバカなことを考えるんじゃない。だからこそ鍵をかけてあるんだろうか。でも、どこでも出入り自由自在の幽霊に鍵なんて通用しないし……

 つまらない考えばかりが頭の中をぐるぐるとまわる。

 ひざはガクガク、ふくらはぎもギチギチで、走りたくても走れない。

「ナンマイダ、ナンマイダ」

 加瀬家とはゆかりのない宗派のお経を唱えながら、何事もなく寝室の前を過ぎた時にはホッとして力が抜けそうになったが、問題はここから先だ。

 裏口の扉の向こうは暗闇だった。

 渡り廊下の壁には先ほどのような電球はついておらず、懐中電灯だけがたよりなのだ。

「マ、マジかよ。まっ暗じゃん……」

 心細いなんてもんではない。今すぐにでも引き返したい。

 だが、ここまで来た以上、そんなマネはできない。何も持たずに戻ったら、いい笑い者になってしまう。

 勇気をふりしぼって、渡り廊下に足を着いた。あとからつけたしで作られたという、ちゃちな廊下の踏み板からはミシッと不気味な音がした。

 たった三メートルが遠くに感じられる。アトリエの出入り口が見えると、やれやれと思う以上に緊張してきた。

「ここがアトリエか」

 白い扉には黒っぽい汚れの筋が三本ついていた。ちょうど、指で血をなすりつけて、それが乾いてできたようなシミだ。

「うわー。オレってば変なこと連想しすぎ。血じゃないって、ただの汚れだって」

 扉は引き戸になっていて、右に引くとスルスルと開いた。

 一歩、中に足を踏み入れる。

 空気がよどんでいてカビ臭く、さびた鉄のような臭いもただよっていた。

 十畳ほどの広さがあるアトリエは右側にカーテンのかかった窓があり、左側と奥は壁というつくりだった。

 懐中電灯の光で内部を照らしてみると、天井にはお約束と言っていいほど、クモの巣がはびこっている。

 先生の説明にあったとおり、部屋の奥にはたながもうけられ、いろんな物が乱雑に置いてある。

 左側のスペースには布のかかったキャンバスやら、腕のもげた石像などが無造作に転がっていた。

「とりあえず幽霊さんはお留守みたいだな。会えなくて残念だな」

 つまらない強がりを口にすると、創はハハハと、わざとらしく笑った。そうでもしなければ、この雰囲気にはとうてい耐えられなかったからだ。

 しかし、気味が悪いといえばたしかにそうだが、お化け屋敷のように、お墓や柳のセットがあるわけではない。殺人事件の現場でなければ、そうそう怖い場所ではないのだ。

「よっしゃ、あのたなまでゴー!」

 成せば成る。

 大きく深呼吸をした創はまた一歩、足を進めた。

 その時、

「なぜ、ここに来た?」

「えっ?」

 突然聞こえてきた声、創の存在をとがめるような声にギクリとする。背中を冷汗がススーッと流れた。

「い、今の声、何?」

 男か女かもわからない、低くくぐもった声。それが創の頭のうしろで、ささやくように聞こえた気がしたのだ。

「ウ、ウソだろ、えっ、マジ? カンベンしてくれよ、ちびっちゃうよ~」

 恐怖のあまり手足が、みぞおちが冷たくなってきた。上下の歯がガチガチと音をたてている。ダメだ、限界だ。

 泣き出したいのをこらえて、たなに近づくと、このさい何でもいいと、手近にあった物をつかむ。

 一刻も早くこの場から逃げなくては。

 出入り口の方をふり向いた時、懐中電灯の光が床を照らした。

 辺り一面に大きく広がるのはどすぐろいシミ……

「ひっ、ひぃぃっ~!」

 次の瞬間、左側の壁にぼんやりとした白いものがゆらゆらと映し出され──

「うっぎゃーっ!」

 無我夢中で走り抜けたらしい、気がつくと創は集いの間に突進していた。

 ランプとロウソクの演出は終わったらしく、天井の照明が元どおりに点いている。

「創、おい、創ったら、しっかりしろよ!」

「顔色が真っ青なんだけど」

「ちょっと、大丈夫?」

 心配そうにこちらを見ている三つの顔……尚人、凛子、総一朗に気づいたとたん、力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。

「こ、腰が抜けた……」

 創を取り囲む三人を見て、良太がバカにしたように笑った。

「なあんだ。ずいぶん弱っちいイケメンヒーローだな」

 言い返す気にもなれず黙っていると、良太は創の手から懐中電灯をひったくった。

「さあ、行くわよ」

 彩音が良太をうながす。女の子だからボディガードをつけてもいいという、ハンディをもらったようだ。

 ところが、である。

 大はりきりで出て行った二人だが、十分とたたないうちに戻ってきたのだ。

「ちょっと、アタシを置いていくなんてヒドイじゃないの!」

 青ざめた顔でおびえる良太を彩音がどなりつけている。

「だ、だって、白っぽいものがふわふわ~って……」

「だからって、先に逃げ出すなんて最低!」

「ご、ごめんなさい」

 彩音は手に持っていた、ペンキぬりなどに使うハケを良太に投げつけた。

「まあまあ、彩音ちゃん。カンベンしてやってよ」

 圭輔が情けない弟をかばうと、オカマの探偵に負けたくせにという、手きびしい言葉が返ってきた。

「まったく、最悪! ホントに怖かったんだから! ねえ、浅木くん、浅木くんだったら絶対にそんなことしないわよね? あーん、もう! アタシ、浅木くんと一緒のチームだったらよかったのにー」

 甘ったれた声でからんでくる彩音に、尚人は肩をすくめた。

「ハケを投げる元気があるなら大丈夫だよ」

「えーっ、ひっどーい」

「やれやれ、大変な戦いでしたね」

 三島先生は苦笑しながら、挑戦者たちが持ち帰ったものを見比べた。

「創くんの方はこれ、パレットですね。どちらもたしかに、たなの上にあったものですから、アトリエの中まで入ったのは間違いありません。同点としましょう」

 往復にかかった時間もほぼ同じで、三回戦は引き分けという結果に終わった。

「でも、ほんとうに見たんだよ。白くてぼんやりしたものが壁のところに……」

 良太が兄に訴え続けているのは創もアトリエ内で見たものと同じだろう。

 学校で幽霊館の話をした時、良太はミステリ魂がくすぐられるとか、幽霊に会えるのを楽しみにしているとほざいていたが、現実はこれだ。

 だが、創はそんな良太を口ほどにもないと、バカにする気にはなれなかった。

 あそこにはたしかに何かがいた──

 すると薫が恐縮した声で、

「もうしわけありません。あれは私が先生に言われて、たなのそばに仕掛けておいたものなんです」

と、言い出した。

「えっ? 仕掛け?」

 薫の説明によると、夜間にトイレへ行く時などのために、人の気配を察知して点灯するフットライトを細工して、白い光が壁に映るようにしたらしい。

 たなのそばなら、確実に仕掛けが作動するので、そこの場所に置かれたのだ。

 そうだ、白いものが見えたのはたなにあった物をとったあとだった。

 良太はその場にガックリとひざをついた。

「そういうことだったのか……先生もヒドイなぁ」

「だからさ、幽霊なんていないって」

 弟の様子に、圭輔がやれやれといった顔をする。

 三島先生はおだやかにほほ笑みながら、すまなかったねと謝った。

「せっかくですから盛り上げようと思ったんですが、とんだ展開になってしまいました。そんなわけですから、彩音さん、良太くんを許してあげてください」

 ドッと笑い声が上がり、さっきからの緊張や不気味な雰囲気は薄れたかに思えた。

 だが──

「薫さん、あの……仕掛けって、そのライトのやつだけですか?」

 ようやく口を開くことのできた創の質問に、薫はふしぎそうな顔をした。

「ええ、そうですけど、何か?」

「いえ……」

 ならば、あの声は──

 どすぐろく見えたシミは──

 謎の声を聞いたのは、黒いシミを見たのは自分だけなのか。ゾクゾクと寒気がして、鳥肌がたつ。

 しかし、良太たちは何も言っていなかったし、みんなにそれを話したところで、気のせいだと笑われ、弱虫だとバカにされて終わるのがオチかと思うと口に出せない。

 ああ、あれらはいったい何だったのだろう? 

                                 ……❼に続く