MY MEMORANDUM

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オカマの王子様と時雨の森の幽霊館 ❽

  Ⅶ  真夜中の叫び声

 

  創と尚人が使うのは東側の奥の部屋で、良太たちの部屋の真上にあたる。

 広さは十二畳ほど。ツインルームとして設計されており、まるでホテルのような、ぜいたくなつくりである。

 古くさいのはしかたないとしても、幽霊館にしては不気味だといった雰囲気はなく、むしろ、伝統と格式あるホテルの一室だと思えば得した気分になれる。

 さんざん怖い思いをした創としてはひと安心といったところで、さすがの幽霊も三階までは追いかけてこないだろうというのは甘い考えだろうか。

 部屋のひとつひとつにユニットバスが設置されているのもホテル並みの設備で、創は小さな子どもが初めて訪れた場所を探検するように、室内を見てまわった。

 ユニットバスのスペースとクローゼットは北側に、南の壁沿いにベッドが二つ、濃紺のカーテンがかかった東の窓辺には小さなテーブルとイス。予備の折りたたみイスも二脚、壁に立て掛けられている。

 それらの調度品のすべてが集いの間と同様に輸入家具で、ヨーロッパふうを追求する姿勢はここでも健在である。

 壁には小さな額に入った油絵が掛けられ、木製のテーブルの上にも集いの間で見たものと同じようなデザインのアンティークが飾られていた。

 ただし、どれだけ値打ちのある物か知らないが、創の目にはできそこないの花びんとしか映らない。

「うわ、すげえ。個人の家でこんな、お客が泊まれる部屋がいくつも必要なのかな。ペンションでも経営するつもりだったのかも」

「まさか。ただの来客用だろ」

「来客がマックス十六人も来るか?」

「今夜はその半分が来ているじゃないか」

 創の言葉にいちいち反論しながら、イスに座った尚人は暗号解読に余念がない。

 リュックを床に置いた創はローズ色のベッドカバーの上にどっかと腰をおろした。

「あー、疲れた」

 ベッドの上にはジュニアサイズの新品のパジャマと下着が用意してあった。同じ柄の、青と緑のものが二着。創たちが宿泊するのを見越して、用意されていたのは間違いない。部屋割りが決まったところで、薫が手配したのはこれらだったのだ。

「なあ、これ、良太も同じ模様のパジャマ着ている可能性があるな。あいつとおそろいなんてイヤだな」

「凛子たちとおそろいの方がいいのか? ピンクのフリフリがついているよ、きっと」

「わー、それはカンベン」

 しばらくして、コンコンとドアをノックする音がした。

「はーい」

 薫が追加で何かを持ってきたのかと思い、ノブのサムターンを回すと、すきまから顔をのぞかせたのは総一朗だった。

「まだ寝てないようだから、暗号の解読をやってるのかなと思って」

「あ、どうぞ」

 創が総一朗を招き入れたと見ると、尚人は少しばかりイヤな顔をした。

 そんな反応を気にするようでもなく、総一朗は室内を見まわした。

「ふーん。位置が反対なだけで、置いてあるものはとなりの部屋とほとんど同じね。カーペットやカーテンの色も一緒。壁の絵も同じような風景画だし、机の上の置物が違うだけね」

「もしかしたらこの建物、二階と三階の部屋はどれも中身が同じってことですか?」

「ええ、おそらくそうね。さっき向こうの空き部屋をのぞいたんだけど、やっぱり同じだったわ。朝になったら、凛子たちの部屋も見せてもらおうかしら」

「マズイなあ。オレ、おっちょこちょいだから、間違ってほかの部屋に入っても全然気がつかないかもしれない。凛子の部屋に入ったら怒られるだろうな」

 創のコメントを聞いて、総一朗が笑う。

 すると、イライラした様子の尚人が、

「静かにしてくれませんか」

と、文句を言った。

「あら、ごめんなさい。どう、暗号はわかりそうなの?」

「まだですけど……でも、これはボクの戦いですから、手助けは必要ありません」

 若葉台小学校一の秀才のプライドからか、名探偵の知恵を拝借する気はないと、尚人は高飛車に言い切った。

「それは失礼しました。たしかに、アタシが助言したんじゃ、フェアじゃないわね。それじゃあ、おやすみなさい」

 出て行く総一朗を見送ったあと、言いすぎじゃないかと、尚人をとがめようとした創だが、真剣なまなざしで紙に見入っている友の姿を見て、思いとどまった。

「オレ、青い方のパジャマにするぜ。先にフロ入るけど、いい?」

──ベッドにもぐりこんだはいいが、すっかり目がさめてしまい、まったく寝つけない。隣のベッドでは、さっきまで暗号とにらめっこしていた尚人が軽い寝息をたてているというのに。

 二転、三転と寝返りをうったあと、創はいらだたしげにため息をついた。

「疲れているはずなのに、おかしいなぁ」

 まぶたを閉じると、よみがえってくるのはアトリエの床の黒いシミ……

 またあの声が聞こえた気がしてドキリとする。何とか眠れたとしても、悪夢を見そうで怖い。

「どうしよう……そうだ」

 集いの間では言いそびれてしまったけど、あの人なら自分が体験した恐怖について、聞いてくれるかもしれない。

 まだ寝ていないことを祈りながら、創はベッドを抜け出すと、総一朗の部屋のドアをたたいた。

「はい?」

「オレです、創です」

(よかった、起きてた)

 テーブルの上には小さなポットとコーヒーカップ、さっきの書斎で三島先生に借りていた、ぶ厚い本が置いてある。

 赤いパジャマに──ジュニアと同じデザインのメンズだった──着替えていた総一朗だが、まだベッドには入らず、読書をしていたらしい。

 創にイスを勧めると、自分は予備のイスに腰掛けた総一朗はいくらか心配そうな顔で、こちらを見た。

「その様子じゃ、何か困ったことがあったみたいね」

「ええ、はい……」

 肝だめしのアトリエで体験したことを話すと、総一朗はマユをひそめた。

「そうだったの。戻ったときの様子が尋常じゃないとは思ったんだけど、まさか、そんなことが……」

「あの……総一朗さんは信じますか? 幽霊の存在」

「そうね」

「名探偵でも?」

 すると、総一朗は苦笑いをして、

「論理的・科学的に説明のつかないことなんて、いくらでもあるわ」

と、答えた。

「じゃあ、やっぱりあれは……」

 創が言いかけたその時、

「きゃあーっ!」

 階下から聞こえてきた鋭い叫び声に、ハッとした二人は腰を浮かせた。

「今のは?」

「歌純さんの声じゃないかしら。行ってみましょう」

 言うが早いか、総一朗は非常用の懐中電灯をつかむと部屋を飛び出し、創もあわててあとに続いた。

 どうやら声がしたのは一階のようで、階段を下る二人を追うように、紺色のパシャマを着た圭輔が背後から現れた。

「何があったんだ?」

「さあ」

 一階の廊下にはロウソク電球こそ点いているが、それ以外のあかりは消えていた。そこで懐中電灯の光を向けると、書斎の奥側のドアの前に歌純が座り込んでいて、まぶしそうに目を細めた。ジャケットの肩が小きざみにふるえている。

「歌純さん!」

「いったい何があったの?」

 歌純は書斎の中を指さした。

「ワタクシ、集いの間に忘れ物をしたのに気づいて……そうしたら、この中から物音がして、白くてぼんやりしたものが……飛び出してきて……」

「そんな、まさか」

 思わず顔を見合わせる。肝だめしの場に現れた白い謎の物体に似ているといえばそうだが、その正体は薫が設置した仕掛けだったはずだ。

 やがて、階下の騒ぎを聞きつけた人々が集まってきた。

 階段をまっさきにかけ下りてきたのは尚人で、そのあとに続く良太が自分たちと同じ模様の、オレンジ色のパジャマを着ているのを見た時、それどころではないにもかかわらず、創は吹き出しそうになった。

(やっぱりおそろいかよー)

「えっ、何なの? どうしたの?」

 大騒ぎしているのは彩音、尚人の指摘どおり、ピンクのレースがついたパジャマを着て、誰かれかまわずからんでいる。

 凛子はといえば、水色のパジャマ姿で不安そうな顔をして立っていた。今、この場に幽霊がいるとわかったのだろうか。

「幽霊が出たって?」

「さあ、そうなのか何なのか……」

 弟の問いかけに対して、首を横にふった兄を見て、歌純は強い口調で反論した。

「ワタクシがウソをついているとでも言いたいの?」

「いや、べつにそんな」

「ほんとうに見たんだから!」

 プリプリする歌純から目をそらした圭輔は三島先生と薫の姿をみとめると、

「先生、部屋の中を調べた方がいいと思いますよ」

と、提案した。

「書斎にどろぼうでも入ったというのかね?」

「物音がしたって話ですからね」

 三島先生はむずかしい顔をしながら、書斎のドアを開けると照明のスイッチを押した。

「……扉が開いている!」

 先生の声を聞いて、人々はわらわらと金庫のまわりに集まった。

「ちゃんと閉めたはずなのに」

(そうだ、ここで宝石を見せてもらったあと、鍵がないから、扉だけでもきちんと閉めようって先生が言って、ぴったり閉めたんだ。この目で見たもんな)

 そのあと、何者かが金庫を開けたのは間違いない。

 大人の男の人でもなかなか開けられない頑強な扉が勝手に開くなんて、通常は考えられないからだ。

 ただし、幽霊のしわざでなければ──

「中身を確認した方がいいと思いますが」

 総一朗がうながし、三島先生はビロードの箱を開けたが、宝石はさっき見たのと同じ状態で並んでいた。

「なくなったものはありませんか?」

「いや、全部そろっている」

 宝石は何ひとつ盗まれていないという事実に、気が抜けたせいか、安心というより雰囲気がしらけてしまった。

「じゃあいったい、何で扉が……」

「もしかして幽霊が開けた、なんて言うんじゃないよな」

 創はそこである想像をしてしまった。

(まさか、あの人が? いや、そんなことする理由がないだろ……って、言い切れないしなぁ)

 けっきょく、金庫は古いものだから、自然に開いてしまったのだろうということでかたづけられた。

「どろぼうが入ったのではありませんから、皆さん、安心してお休みください」

 三島先生は人々に部屋へ戻るよう、うながしたが、そうじゃないだろうと、創はいらだちを感じた。

 大人の男性でも簡単に開けられない扉が自然に開いたとして、かたづけていいのか。

 そもそも、歌純が書斎内の物音と白い何かに驚いたからこその騒動ではなかったのか。問題なのはその正体ではないのか。

 幽霊が扉などを開けたり、物音を出したりするのはポルターガイスト現象と呼ばれることぐらい、みんな知っている。

 それなのに、どろぼうの問題にすり替わって、はい、おしまいだ。

 どうして誰も幽霊の存在を認めようとしないのだろう。自分は見たのだ、黒いシミを、聞いたのだ、幽霊の声を……

 不満が次々にわき起こってくるが、口をはさめる雰囲気ではない。

 早く寝なさいと言われ、子どもたちは追いやられるようにして、それぞれの部屋に戻ったのだった。

                                 ……❾に続く