MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

キセキのツルギ ❸

    第三章

 エイ族の長が定期的に行うという星占い、前回は紛失した剣を探せというお告げが出て、牙門親子の剣探しが始まった。

 とりあえず在り処がわかればいいという命令ではあったが、それはのちに起きる出来事に備えるための、星の暗示だったのだろう。

 大昔にエイ族を襲った妖怪の魂が封印されているという壺は今でも御堂に安置されているのだが、誰かの仕業か、それとも自然にそうなってしまったのか、封が解かれて蓋が開いてしまい、事態が急変したというのだ。

「蓋が開き、妖怪の魂が逃げ出した。それが現世に復活したと」

「ちょっ、ちょっと待った! なんで妖怪が復活したってわかるんだよ?」

 あまりにも突飛な話についていけない龍が訊くと、至も同調した。

「そうですよ。本当に妖怪が封印されていたなんて確証はないし、あくまでも伝説でしょう? 蓋が開いたからといって、そんなに大騒ぎしなくても」

「妖怪は動物や人の姿に身を変えて行動するそうです。現に一族の者が奇妙なトカゲを見たとか、気味の悪い鳥を目撃したとか……なにしろ長い間封印されていたので、すぐには元のような妖力を発揮できず、おそらくは小さな動物か人間の子供の姿をしているのではという話です」

 またもや始まったおとぎ話にどう反応していいのかわからず戸惑う龍たち、牙門の話はさらに続いた。

「妖怪は仮の姿でどこかに潜みながら妖力を取り戻し、ある目的のために力を蓄えているらしいのです」

「ある目的って?」

「自分を壺に封じ込めた憎い剣を探し出し、破壊しようと狙っているのだと祖父は申しております。剣さえなければ二度と封印されることはなく、何も恐れずに思う存分暴れられるからです。ですから私は一刻も早く、妖怪が完全体になって現れる前に、剣を探し出しておかなくてはならないわけです」

 気楽なお宝探しがとんだ展開になってしまったと龍は思った。

「なあ牙門、マジで妖怪が剣を狙ってくると思ってるの?」

 龍に訊かれ、さすがの牙門も苦笑した。

「もちろん半信半疑なんですけど……なにしろ長の命令は絶対なので、残りの二本を探さないことには埒があきません。それが私たちに与えられた使命なのです」

「たしかに、そうするしかなさそうだよな」

 面倒なことになった、龍は肩をすくめると翔の方を向いた。

「というわけだ。おまえのじいちゃんに早いとこ話をつけてくれよ」

 明武館を訪れた際に、牙門たちの剣探しの件を打ち明けて翔に協力を求め、彼の祖父が購入したという骨董を見せてもらえるよう頼んだのだが、それがいつになるのかは決まらないままだった。

「そうしたいのはやまやまだが、ゴルフだ何だと、ほとんど家にいないからな。骨董と呼んでるガラクタを集めた部屋には鍵がかかってるし、入れたとしても、目的の品がどこにしまい込んであるのかは、ジジイ本人しかわからない」

「なんだよ、それ。あてにならねえなぁ」

 大二郎氏所有の骨董以外に、今の龍たちに剣を探す手掛かりはない。

 しばらく沈黙が続いたあと、ロッキーがふいに「ねえ、そのヨウカイはいろんな生き物に化けるって話だけど、正体はどんなモンスターなの?」と牙門に訊いた。

「さあ、これも言い伝えに過ぎないのですが、大きなムカデの姿をしていたと……」

 ムカデと聞いて、みんなの表情がこわばった。さっき現れたムカデはどこへ行ってしまったのだろうか。

    ◇    ◇    ◇

 木曜日の朝、児童たちが学校へと当校してくるいつもの光景の中に、サラリーマンが持つビジネスバッグのようなカバンを手にした長身の少年の姿があった。

 近寄りがたい雰囲気のせいか、誰も声をかけることのない彼の背中をポンと叩いたのは龍だった。

「翔、おっはよっ! ゆうべはじいちゃん帰ったか? あのこと、訊いてくれたんだろうな。おまえに任せておいて大丈夫なのか、すげー心配なんだけど」

 無表情のままジロリと龍を見た翔はいつもの調子で答えた。

「くどいヤツだな。おとといから海外視察とやらで旅行に出かけて、しばらくは戻らないらしい。手はずが整ったら連絡するから、それまで黙って待っていろ」

「えーっ、タイミングわりーの」

 不満げに唇を尖らせる龍に対し、翔は返事をせずに歩き続ける。

「……おい、見ろよ。あの五年、夏樹に話しかけてるぜ」

「すげー、度胸あるよな」

 二人を遠巻きにして、そんな会話をする他の六年生たちだが、彼らをさらに驚かせたのは、白い服の美少年までもが、その五年生に声をかけたことだった。

「おはよう、春日君」

「あ、牙門じゃん。おはよー、相変わらず堅苦しいなあ。リュウでいいってば」

 そんな龍が教室に入ると、血相を変えて彼の元にやってきたのは宍戸だった。

「おいこら、春日! おまえ、よくもやってくれたなっ!」

「はあ、何の話?」

「しらばっくれるなよ。ウチの道場の夏樹さんがなんでそっちに移籍しなきゃならねえんだ。今、その話題で大騒ぎなんだぞっ、おまえがそそのかしたせいだろう!」

 昨日、明武館へ稽古に行った宍戸は道場のナンバーワン選手である夏樹翔がこともあろうに、春日道場へ移ったという騒動を小耳に挟んで、腰が抜けるほど驚いたらしい。

 プロ野球選手じゃあるまいし、どこで移籍という説になったのかは定かでないが、そいつが自分のせいだなんて、冗談じゃない。

 龍は呆れたと言わんばかりに「へっ、知るかよ。オレが頼んだんじゃねえ、アイツが勝手に言い出したんだからな」と返した。

「ウソだっ! 明武館のエース、赤い鷹と呼ばれたあの人がどうして弱小道場なんかに」

「赤い鷹? なんじゃそりゃ」

 全身黒ずくめの翔の格好を思い出して、龍は苦笑いした。

 黒い鷹ならともかく、どうして赤になったのだろう。赤いシャツなら着ていたけど……

「そんなに気になるなら、直接本人に確かめりゃいいじゃねえか」

「う……」

 宍戸は口ごもった。五年三組のガキ大将もさすがに翔相手ではビビッてしまうらしく、腹立ちまぎれに彼は暴言を吐いた。

「ふん、いくら夏樹さんを入れたって、あとは初心者ばかりじゃ勝てっこないぜ。そんなチーム、初戦負けは決まったも当然。参加するだけ無駄だ、やめちまえよ」

「何年やっていたかより、どれだけやる気があるのかが大切じゃないのか? ロッキーたちを侮辱することは許さねえ。オレたちは必ず勝ってみせる!」

 いつになく気迫に満ちた龍の態度にたじろぐ宍戸、その場は緊迫した空気に包まれたが、そこに仲良し女子四人組がやってきた。

「ねえ、春日くん、見たわよ!」

 四人のうちの一人が興奮した様子で話しかけてきた。

「さっき、ホワイト・プリンスさまとお話ししていたでしょ?」

「ホワイト? ああ、牙門のことか」

「いいなあー、春日くんちの道場で剣道習ってるんだって?」

「ま、そうだけど」

 すると、あとの三人も騒ぎ始めた。

「今度から夏樹翔さんもそっちで習うんだってね。あの、すごーく強い人」

「ウチのクラスの冬元くんも行ってるでしょ。イケメン揃いじゃん」

「ホント、カッコイイ人ばっかり!」

 何の因果で「カッコイイ人」ばかりが集まったのか。こうも騒がれると、さすがにイラッとしてくる。

「まー、オレはハズレだけどな」

 龍の不貞腐れた様子に、女の子たちはあわてて取り成した。

「か、春日くんもカワイイわよ、ね?」

「そうそう、子犬みたいでね。柴犬って感じ?」

「あいつらは人間でオレは犬かよ?」

「ねえねえ、道場の練習って、見学とかできるの?」

「入門するならともかく、アイツらを見たいだけってのはダメだぜ」

「えー、ケチ!」

「そばで騒がれると気が散るからダーメ。どうしても見たいなら、試合の応援に来ればいいじゃねえか。七月に道場対抗の地区大会があるからさ」

「うん、行く、行く!」

 盛り上がる女子たちのパワーに押されていた宍戸が「ふんっ、剣道は顔でやるもんじゃないぜ」と負け惜しみを言うと、オンナたちの激しい批判が集中した。

「でも、やっぱりカッコイイ方がいいもんね~」

「下品で乱暴で、おまけにブサイクじゃあ、お手上げよ」

「誰が下品でブサイクだとっ? くそっ、プリンスメロンがなんだっていうんだっ!」

 宍戸の言葉を聞き咎めた龍が叫ぶ。

「あーっ、オレと同じギャグ言うなよ! おまえと同レベになっちまうじゃねーか!」

    ◇    ◇    ◇

 数日後、下校を促すチャイムが鳴り響く放課後の校舎にて、廊下を足早に歩くのは龍、今日はクラスの当番に当たったため、帰りがすっかり遅くなってしまった。

 校門を出て帰路を急いでいると、頭上から「ガアーッ!」というけたたましい声が聞こえ、驚いた彼はその場でつんのめりそうになった。

「なっ、何だ?」

 声のした方向を見上げると、電線に一羽のカラスがとまっていた。その羽は黒というより焦げ茶に近い。新種だろうか。

 焦げ茶カラスは龍が自分の存在を認めたとわかると、もう一度カアと鳴いた。

「てっめー、脅かしやがって」

 カラスに向かって悪態をつく龍、するといったん飛び上がったカラスはくるりと回って再び龍の頭上に舞い戻り、こともあろうに小石を落としたのである。

 思わぬ落し物にびっくりした龍はそれを避けると「コラーッ」と拳を振り上げた。

 ざまあみろと言わんばかりに鳴きながら飛び去るカラス、鳥にバカにされるなんてと、立腹しつつ帰宅、そのまま道場へ行くと、すでに至とロッキー、翔が来ていた。

 ムスッとしたままの龍を見て、至が「どうかしたんですか?」と尋ねた。

「カラスだよ、カラス。人の頭に石を落としやがってさ。当たらなかったからいいけど、すっげームカついた」

 それを聞いて、至とロッキーが同時に噴き出した。

「いじめるようなことしたんじゃないの?」

「カラスは頭がいいですからね。危害を加えた相手を覚えているんですよ」

「そんな、いじめたりするわけねえだろ。オレは自分より弱いヤツをいたぶるのが一番キライなんだからな。相手が動物なら、なおさらだ」

 わいわいと騒ぐ三人とは対照的に、翔は正座し、腕組みをして目を閉じている。団兵に来客があって、稽古が始まらないのだ。

 すると、表で「あっ」という声が聞こえた。何事かと龍たちが外に出ると、到着したばかりの牙門が空を見上げながら、呆気に取られていた。

「何かあったの?」

「石が降ってきたんです。ほら、あそこにいる……」

 牙門の指先の向こうには家の屋根にとまったカラス、龍は「げーっ!」と大声を出した。

「アイツだよ、さっきオレを襲ったカラスだ、間違いない!」

「どうして同じカラスだとわかるんですか?」

「いや、アイツ、羽の色がちょっと変わってるじゃん。黒よりも茶色ぽいっていうか」

「なるほど、そう言われてみれば……ここまで龍君を追ってきたとしたら、かなり執念深いですね」

「それなら襲う相手が違うよ。とってもビューティフルなミスター牙門にジェラシーかもね」

「龍君の場合はなめられてるだけでしょうけどね」

「おまえら、言わせておけば……」

 むくれる龍、カラスが飛び去ったので騒ぎはそれきりになった。

「それにしても、じいちゃん遅いな。そうだ、今のうちに試合のことでも決めておくか」

 何しろ、五人中三人が初心者なので、剣道用語の説明から始めなくてはならない。

「団体戦ってのは何度も言ってるように五人一組のチームなんだけど、戦うのは一対一で、先に三勝した方が勝ちなんだ。一番手は先鋒(せんぽう)って呼んで、二番目が次鋒(じほう)、あとは中堅・副将・大将の順で、相手の出方にもよるけど、だいたいの場合、チームで一番強いヤツが大将をやるかな」

 龍の講義に「なるほど」とうなずく三人のかたわらで、手持無沙汰の翔が竹刀を磨いている。

「オレの考えだけど、初めにガツンとやっておいた方がいいから先鋒は牙門、次鋒がロッキーでドクターは中堅ってな感じでどう?」

 誰にも異存はないようなので、問題は残り二人に絞られる。龍は翔の方を振り返った。

「実力伯仲、甲乙つけがたいってのはオレたちのことだよな。でもさ、もともとこの道場にいたオレが大将でかまわないよなぁ? 翔クン」

「どこらへんが甲乙つけがたいんだ?」

 しらけた様子で返す翔、この場で何度か手合わせしたおかげで戦い方にも慣れ、自信をつけていた龍はさらに翔を挑発した。

「そりゃあ、まだ試合では勝ってねえけど、今度はいけそうな気がするんだ。個人戦で証明してみせようか? それとも手っ取り早くここでやってみせるか?」

 雲行きが怪しくなってきたので、至は龍と翔を見比べるようにしながら、二人をとりなした。

「まあまあ、そんなに熱くならなくても……大将は試合ごとに、交替制にでもすればいいじゃないですか、ね?」

 だが、ライバル意識むき出しの龍に、エースとしてのプライドがある翔、どちらも譲るつもりはないらしい。

「甲乙つけてみるか」

 そう言って、翔は竹刀を取るよう合図した。

「望むところだ。三本勝負でいくぜ!」

 こうなるともう、止められはしない。防具をつけて開始線の前に立って向き合った二人、宿命のライバル同士の激突開始だ。

 掛け声と共に勇ましく飛びかかる龍、正面を打ってくるところを竹刀ですり上げた翔はそのまま振りかぶってすかさず踏み込み、龍の面を打った。が、決め手にはならず、いったん間合いを取って、今度は翔からの攻撃。彼が竹刀を振り上げた瞬間、右斜め前に大きく踏み出した龍は擦れ違いながら翔に空を打たせた。

「なに?」

 体勢を崩す翔の、その隙を逃さず、龍は右の胴を打った。

「……一本、決まったぜ!」

 してやったりと、龍は雄叫びを上げた。

 ずっとずっと勝てなかった相手、夏樹翔からもぎ取ったこの一本、龍にとっては何にもまして貴重な一本であった。

「すごいっ! 龍君が初めて一本を取りましたよ!」

「オーッ、グレイト!」

 興奮するギャラリー、いくらか動揺をみせてものの、そこはさすがに実力者の翔は落ち着きを取り戻すと次の攻撃を開始した。

 けっきょく、そのあとは翔が続けざまに二本決めて彼の勝利に終わったが、戦いを終えた龍はしごく満足だった。

「なかなかやるようになったな」

「へへ。大将を任せる気になったか?」

「交替制ならかまわないだろう」

「ちぇっ。まあ、それでもいいか」

 戦いを終えて和やかなムードに包まれた春日道場、だが、怪しい影はすでに、龍たちの元に忍び寄っていたのである。

    ◇    ◇    ◇

 六月も末の水曜日、学校からの帰り道を行く龍の前に見覚えのある後ろ姿が、しかし、彼が声をかけるより早く、三人の男子中学生が行く手を遮った。

「……よう、久しぶりだな、夏樹。相変わらずスカした顔してるぜ」

「まあ、昔から生意気だったけどさ」

(昔からって、おまえら何歳だよ?)

 ツッコミを入れながら、龍は後方で翔の反応を見守った。当の翔は三人を前に無言でいる。

「なんだ? まさか先輩の顔を忘れたわけじゃないだろうな」

「その節はいろいろとお世話になりました、だろ」

 ニヤニヤ笑う三人組はどうやら明武館のOBらしい。道場に通うのは小学生までとして、たいていの中学生は進学先の部活動に切り替えるが、彼らもそのパターンだろう。

(それにしても今になってインネンつけられるなんて、翔のヤツ、よっぽど嫌われ者だったのかな)

 中学生たちの言葉を聞いた龍がそんなことを考えていると、翔は先輩方を軽くいなし、通り過ぎようとした。

「おいこら、待てよ。気取ってんじゃねえ、話はまだ終わっちゃいないぜ」

「赤い鷹とか呼ばれていい気になってるみたいだけど『虎の威を借る狐』って知ってるか? おまえの場合は『ジジイの威を借るハゲタカ』だよな」

「ハゲタカか~」

 残りの二人がゲラゲラと笑った。

「ジイさんがオーナーだってんで、師範たちにも贔屓してもらって、何でも特別扱い。いい御身分だぜ」

「団体戦じゃいつも大将だし、個人戦に出るのもあたり前。汚ねえよ、まったく」

 翔を罵る言葉はとどまるところを知らない。龍は我が事のようにムカッ腹が立ってきた。

「そういや、今度明武に入ったヤツ、メチャクチャ強いんだってよ」

「そいつに負けると恥ずかしいから、春日道場だっけ? あっちに移ったんだ。大将の座を奪われたら、ジイさんの面目丸潰れだし」

「そうか、弱っちいヤツしかいない道場なら、大将でいられるもんな。なかなかの作戦じゃないか」

 言いたい放題言われても、ずっと黙っていた翔だが、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。最後にしゃべったヤツの胸ぐらにつかみかかった。

「……誰が弱っちいだと?」

 悪口や陰口をたたかれることには慣れていたし、今さら怒る気もしなかった。みんなが自分を疎んじている、そんな明武館において、翔はずっと孤独の中にいた。

 だが、春日道場は違った。龍たちは自分を歓迎してくれた。仲間と認めてくれたのだ。そんな彼らが侮辱されるのは許せなかった。

 翔の凄まじい気迫に、三人組は慌てふためいた。

「よっ、よせよ、おい」

「今の言葉、訂正しろ。あいつらは決して弱くない」

 そんな成り行きを見ていた龍は思わず走り寄ると、翔を押しとどめるようにして叫んだ。

「翔、やめろ! 暴力をふるっちゃダメだっ!」

「そこにいたのか。いいから放せ」

「ダメだって! 大会に出られなくなってもいいのかよ?」

 いくら相手に非があっても、暴力沙汰を起こしたら大会への出場停止は免れない。

 翔を何とか説得したあと、龍は中学生たちに向かって言葉を叩きつけた。

「おまえらが何を言おうと知ったこっちゃないが、翔はオレの大切な仲間だって、よーく覚えておくんだな」

「なんだ、このチビ?」

「こいつだよ、春日道場の春日龍っていう五年」

「そんでもって、今度の大会は絶対に負けねえ。明武館にボロ勝ちしてやるから、覚悟しておけ!」

「な、何っ!」

「生意気なヤツ!」

 そこへ通りがかったのは膳場忠明、龍と翔、それにかつての教え子たちが何やらもめている様子に驚き、駆け寄ってきた。

「おまえたち、そこで何をやっているんだ?」

「あ、膳場先生」

 決まり悪そうにしている中学生たち、その場は何とも気まずい雰囲気になってしまった。

「おまえら、後輩に何か言ったのか?」

「い、いえ、別にオレたちは……」

 一人が仲間に同意を求めたところ、

「ネコです! さっきネコを見てからおかしくなって」

「そうそう、ネコのせいなんです」

「はあ? ネコ?」

 わけのわからない言い訳をする三人を呆れて見ていると、彼らは「失礼しましたぁー!」と言い残して逃げ去った。

「やれやれ、もっとまともな理由は思いつかないのかな」

 嘆息した忠明はそれから、龍に微笑みかけた。

「それにしても、けっこう仲良くしているみたいじゃないか」

「な、仲良くって、そんな」

 戸惑う龍が翔に向かって「よけいなお世話だった、って言いたいんだろ?」と言うと、相手は意外な答を返した。

「……おまえが止めなかったら、あいつらを殴っていたかもしれない」

 その言葉の奥には感謝が込められていた。はっきりとは聞かされなくても、龍にはそれが感じ取れた。

「一緒に大会に出ような、約束だぜ」

「ああ……」

 自分を大切な仲間だと言ってくれた友の顔を見つめ、翔は眩しそうに目を細めた。

「春日道場はウチの最大のライバルになりそうだな」

 嬉しそうな様子の忠明が「大会で会おう」と言い残して立ち去るのと入れ違いに、至とロッキーが追いついてきた。

「牙門は?」

「一足先に向かったみたいだよ」

「そっか。オレたちも急ぐとするか」

 春日道場の前に誰かいる。牙門が待っていたのかと思ったが、それは招かれざる客、同じクラスの和田で、その隣には見知らぬ少年が立っていた。

「やあ、皆さんおそろいで」

「なんだ? 何か用か」

 ニヤニヤしながら話しかける和田に薄気味悪さを感じていると、

「キミたちにこの人を紹介しておこうと思ってさ」

「はあ? 誰だよ」

 少年はひょろりと細い身体にぴったりと張りつけたような茶色の服を着ていた。具合でも悪いのか、青白い顔をしている。

 細く鋭い目で見つめられると、魂を吸い取られるのではと思えるくらいに不気味な雰囲気の持ち主だ。

「この人はね、この前明武館に入門してきたんだけど、めちゃめちゃ強いんだ。新しいエース登場ってんで、今度の大会では大将に選ばれるのは間違いないって噂されているのさ」

 元・明武館のエースかつ、大将だった翔をちらっと見やってから、和田は我が事のように、自慢げに続けた。

「それがどういう気まぐれか、弱小道場のキミたちに引き合わせてくれって頼まれてさ」

「なんだおまえ、宍戸の子分じゃなかったのか? そいつに鞍替えしたってわけか」

 龍の指摘に、和田は不愉快そうな顔をした。

「ボクはね、長いものには巻かれる主義なのさ」

「それ、小学生のセリフかよ」

 すると、謎の少年がニヤリと笑って問いかけた。

「あなたが春日龍クンですね」

「そうだけど」

 ひ弱な身体つきは剣道で大将を務めるほどの実力があるようには見えないが、どことなく薄気味悪い少年の存在に、さすがの龍も背筋に寒いものを感じた。

「あなたが青竜の……」

 少年が何やらもぞもぞと言ったため、龍は「何だ?」と問い返した。が、彼は何も答えず。今度はロッキーを見た。

「それであなたが冬元ロッキークンで、そちらが季村至クン」

 どういうつもりでいちいち名指しするのかと思いながらも、相手の言動を見守っていると、少年は翔の方を向いて、

「元・明武館の夏樹翔クン」

 などと、イヤミたらしく念を押した。

「お目にかかれて光栄です。ワタシの名前はヨウ・ハク・ソク、おぼえておいて損はないですよ。まあ、しばしの平和をせいぜい楽しんでください」

 ヨウ・ハク・ソクと名乗ったその少年の、あざけるような口調に、龍は反射的に反撃した。

「それはどういう意味だよっ!」

「すべては大会当日のお楽しみ。再見!」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよー」

 立ち去る少年を追って、和田はあわてて走り出した。

「なんだぁ、あいつ」

 ヨウ・ハク・ソクという名前からして、どうやら中国人のようだが、いったいなんのつもりであんなことを言ったのだろうか。

 首をかしげる龍のそばで、至とロッキーも顔を見合わせていたが、翔はただ一人、思案顔になっていた。

                                ……❹に続く