MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

キセキのツルギ ❹

    第四章

 四人が道場に到着すると、土間で牙門が靴を脱いでおり、龍の顔を見て、目で合図をした。その手には細長い袋状のものを持っている。

「じいちゃん、牙門が話を聞いて欲しいって」

 すでに着替えを済ませていた団兵に声をかけ、みんなで牙門を取り囲むように座ると、白面の貴公子はおもむろに口を開いた。

「これが私の元に届きました」

 牙門が袋から取り出したのは、写真で見たあの白虎剣だった。実物を前に、みんなの身体に緊張が走る。

「届いたって、どうして?」

 その質問には答えず、牙門は団兵に向かって「すいませんが、これを抜いてもらえますか」と言った。

「わ、わかった」

 団兵が白虎剣を鞘から抜いてみせると、それは青竜剣と同様の、ただの木刀だった。

「ありがとうございます。それでは見ていてください」

 牙門が団兵の手から剣を受け取ったその時、ただの木刀だったはずの剣の刃が白銀に輝きだし、その光景に皆、息を呑んだ。

「こ、これは?」

「『剣に選ばれし者、その力によって大妖怪を封印する』という一節がエイ族の言い伝えの中にあるそうです。昔、エイ族の勇者が妖怪と闘ったという、あの伝説に由来する話です。剣は、それだけでは何の役にも立たない木刀ですが、勇者つまり、選ばれた剣士が手にしたとき、その者は伝説の剣の力を使うことができるのです」

 白い輝きが牙門の美しい姿を照らした。

「そして、妖怪が復活したという今、それに再び立ち向かうべく、現代の新たなる剣士が選ばれ、剣の力を発揮させるときがきたのです」

「じゃあ、選ばれた剣士ってのは……」

「白虎剣に選ばれた、白虎の剣士は私です。剣は剣士の手元へおのずと現れる。祖父は剣の在り処さえわかればいいと申しましたが、なぜそれだけが目的なのか、当初、私には理解できなかった。それが今ならわかる。剣を探すということは同時に、剣士たちを探し当てることだったのです」

「では、まさか……?」

 団兵は急いで青竜剣を取り出してくると、それを自分の孫に手渡した。
「龍、剣を抜いてみろ」

 ここまでの展開に茫然としていた龍は震える手で剣を受け取った。

 鞘からゆっくりとそれを抜く。

 木刀だったはずの刃が青い光を放ち、周囲はまるで深い海面下のように青く照らしだされた。

「……やはりそうでしたね。春日君、いや、龍。あなたが青竜の剣士だと、私にはなんとなくわかっていました。正義の心を持ち、友情に厚いあなたこそ、青竜の剣士にふさわしい」

 牙門は微笑みを浮かべてそう言った。

「青竜の……剣士」

 青い刃を見つめる龍の手に、剣の重みがズシリとかかる。それは同時に、剣士としての使命が彼の両肩にのしかかった証でもあった。

 とはいえ、剣の力で妖怪を封印するなど、今の龍たちにはピンとくる話ではない。

 白虎と青竜、二つの剣が輝く場面を目の当たりにしても、どこか夢をみているような、現実味のない出来事である。

「本当にそんなこと、このオレにできるのかな? 剣の力ってのも、まだよくわかんねえしさ」

 不安を口にする龍に、牙門も同意した。

「話を聞いた私自身もよくわかっていませんが、この白虎剣が私の手にのみ、反応することだけは確かなのです。それともうひとつ、選ばれた剣士は剣と共に、妖怪に狙われる危険性があります。使い手あっての力ですから、それを覚悟しておかなくてはなりませんが、早く残りの二本を探し出して、四人で力を合わせれば恐れることはないと……」

 つまり、残り二本の剣にもそれぞれ選ばれた剣士がいるはずである。もしも、夏樹大二郎氏が購入した骨董が本物ならば……? 

 その思いは皆同じとみえて、みんなの視線は一斉に、翔の元に集まった。

 さすがの彼も目の前で起きた不思議な出来事に、あっけに取られていたようだが、自分が注目されているのに気づくと、

「それで、今日の稽古はどうなるのだ? これで終わりなら、オレは帰る」

「ちょっ、ちょっと待てよ!」

 剣を鞘に納めると、龍はあわてて駆け寄った。

「おめえだって、選ばれた剣士かもしれねえんだぜ?」

「そんな話はオレに関係ない」

「関係ないって……」

 咎めるような龍の口調をもろともせずに、翔はさっさと立ち上がると、団兵に会釈をして道場をあとにした。

 残された者たちはただ、黙って彼の後ろ姿を見送るしかなかった。

「信じられないのも仕方ありませんが、いずれわかってもらえるでしょう」

 牙門は溜め息をつき、さらに言った。

「どうして白虎剣がここにあるのか、それをお話しする前に、皆さんに会っていただきたい人がいますので、今から迎えに行ってまいります。もうそろそろ到着すると思いますが、しばらく時間をください」

    ◇    ◇    ◇

 牙門が外に出て行くと、龍は腹が立ってたまらないというように、言葉を吐き出した。

「まったく翔のヤツときたら、なんなんだよ、あの態度は」

「でもまあ、妖怪を倒すために選ばれた剣士だなんて、いきなり言われても信じられないし、何度も言いますけど、妖怪の存在自体が何の確証もない話ですからね」

「イエス、たしかに剣の反応はグレイトだったけど」

「妖怪の目撃情報があるといっても、それが本物なのか、実際にこの目でたしかめないことには信用できませんよ。おまけに、剣と剣士を探すために、遠い中国からわざわざやってくるなんて……」

「海を渡ってくるのかな、ファンタジーだね」

 ロッキーのセリフを聞いて、龍は苦笑いした。

「なんかお気楽だよな、おめえ。そりゃあ、オレだって全部を信じているわけじゃないぜ。でも、剣が光ったのは事実だし、あのとき感じたんだ」

「感じたって、何を?」

 二人同時に問いかけられた龍は言葉を選びながら、

「剣の……気持ちだよ。オレに、一緒に闘ってくれって頼んでいるようだった」

と言い、さぐるように彼らを見た。

「剣の気持ちですか、なるほど。青竜剣は龍君を剣士として、いわば自分のパートナーとして選んだわけですしね、ありえないことではないと」

「だろ? でさ、もしも本当に妖怪がこっちへ向かってるとしたら、マジでヤバくない?」

「牙門さんの言うように、早く残りの二人を見つけて、妖怪に対抗する策を立てないと、大変なことになりそうですね」

 これはなかなかにピンチである。龍は溜め息をついた。

「もうすぐ試合もあるっていうのに、やっかいなことになっちまったよなぁ。とにかく、のんきにしちゃあいられねえ。オレたちの手で、あと二人を探そうぜ」

 しかし、至は龍の言葉に懐疑的だった。

「でも、どうやって? 牙門さんのお父さんが手を尽くしても見つからないんですよ。それより、夏樹さんの件をはっきりさせた方が……」

 龍はムッとして吐き捨てた。

「あんなヤツ、あてになるもんか。骨董の確認なんか待ってたって、らちがあかねえよ」

「やみくもに探すよりはマシじゃないですか」

「そりゃそうだけど、何度も頼んだことだし、もうゴメンだぜ」

 龍は唇をかんだ。同じチームの仲間、それだけではない、剣に選ばれた者同士という、新たな結びつきの可能性もでてきたのに、翔がそれを拒絶して去ってしまったことが、龍にとっては大きなショックだった。

(大切な仲間だって言ったのに……せっかく友達になれたと思ったのに……)

 その時、表の扉の開く音が聞こえて、龍が衝立の向こうをのぞいたところ、牙門と並んで二人の人物が立っていた。

 一人はスーツ姿のスマートな、上品な感じの紳士で、もう一人は灰緑色のマントのようなものを肩にかけ、髪を長く伸ばすという奇妙ないでたちの小柄な老人だった。おだやかで優しい顔つきをしている。

「突然お邪魔して申し訳ありません。上がらせてもらってもよろしいですか?」

 紳士がそう言って頭を下げた。

「ああ、どうぞどうぞ」

「初めてお目にかかります。私の名は秋顕篤と申します。牙門の父です」

「えっ、牙門の父ちゃん?」

「そう言われれば似ている気が」

 秋顕篤(けんとく)こと、牙門の父は続けて、かたわらの老人を紹介した。

「こちらは空天盟(くう てんめい)、我々エイ族の長です。昨日、日本に到着したのですが、ややお疲れのようで……」

 すぐに春日道場を訪問しなかった、その理由を顕篤が釈明すると、牙門は不思議そうな顔をした。

「父上、昨日は浅草に行かれたのでは?」

「はあ? アサクサだってぇ~?」

 どうやらこの長は日本に到着後、顕篤に名所案内をさせていたらしい。たまげる龍たちをよそに、

「ほっほっほ。それは今日じゃ。昨日はお台場に行っての、イケてるギャルを目の保養にしてきたぞい」

などと、のたまった。

「おいおい、何なんだよ、このじいちゃんは」

 復活した大妖怪が『輝蹟の剣』を狙っているという深刻な事態のためにやって来たにしては、どうも観光気分という天盟に皆、呆れ返った。一族の長というのはもっと重厚な人物ではないのか、この天盟様はどうにもノリが軽い。

 そんな長に、団兵が長旅の疲れを労う言葉をかける。

「遠いところまで大変でしたでしょう。そのように日本語がお出来になるとは、たいしたものですな」

「いやいや。かつて剣が日本に渡ったときから、エイ族の長は代々日本語を習得しておくことになっておりますのじゃ」

 そこまで言うと、ようやく天盟の顔が引き締まった。

「ワシが乗り出すようなことになるとは、本当はあってはならないのじゃが……」

    ◇    ◇    ◇

 エイ族の長が遠い中国・雲南省から日本を訪れたということは緊急事態と言っても過言ではない。みんなが半信半疑で聞いていた妖怪の一件は本当だったのだ。

「なあ、天盟のじいちゃん、妖怪はオレや牙門のことをまた狙ってくるんだろ? それも、もっと強くなってるかもしれないし、いったいどうすりゃいいんだ?」

「うむ、妖怪の力が微弱なうちは剣に近づくこともできないから、それをお守りに持っていればよろしい。じゃが、いつまでもそれが通じるわけではない。そこでじゃ……」

 天盟はひょこひょこと歩き、竹刀を貸してもらえるよう、団兵に頼んだ。そしてそれを受け取ると道場の真ん中に立ち、右足を後ろに引いて竹刀を右脇に、先は右斜め下に向けた。

「おお、それは脇構えでは?」

 驚く団兵に対して、みんなの質問が飛ぶ。

 その説明によると、剣道において一般的に使われる構えは基礎の構えとされる中段の構えに、攻撃的な構えとされる上段、守りの下段があるが、実際にはまず使われない脇構えという構えも存在しているのだ。

「これは青竜剣の必殺技、疾風炸裂剣(しっぷうさくれつけん)を繰り出すときの構えなのじゃ」

「必殺技だってー! そんなカッコイイものがあるの?」

 目を輝かせる龍に、天盟はうなずいた。

「さよう。昔からエイ族の長だけに伝わる秘伝の技なのじゃが、剣士であるおぬしらに授けてこそ、技は生きるというもの。よく見ておれ。この体勢から左手を放し、右手だけで剣を右下から左上に払う……」

 老人とは思えないほど素早く竹刀を払ってみせた天盟の、その動きを食い入るように見つめる龍、次に天盟は左足を踏み出し、右手を右肩に引きつけ、竹刀をいくらか後ろに倒す構えをとった。

「なんと、今度は八相の構えとは!」

 またもや驚嘆する団兵、八相の構えも脇構え同様、ふだんは使われない構えである。

 そして、上・中・下段の構えと合わせて『五行の構え』と呼ばれている。青竜などの四神獣も中国の思想、五行に関連するあたりに繋がりがありそうだ。

「なるほど、八相の構えとな。白虎剣の必殺技、迅雷閃光剣(じんらいせんこうけん)の構えがこれなのじゃが……牙門よ、よくおぼえておくがよいぞ」

 真剣なまなざしを向けていた牙門がうなずいた。

「これらの技を使うことができれば、妖怪の攻撃をいくらかは防げるじゃろう。しかし、あとの二人、朱雀と玄武が揃わないことには封印の技を使うのは無理じゃ。顕篤、手がかりのありそうな場所を案内してもらえるかの」

 天盟自らが剣士の捜索をするつもりらしい。はたして、朱雀と玄武の剣士は今、どこにいるのだろうか。そして翔は……? 

    ◇    ◇    ◇

 梅雨が明けきらない七月の日曜日、空はどんよりとくもっていて、今にも雨が降り出しそうな気配だ。

 とうとう地区小学生剣道大会当日、その日がやってきたわけだが、すっきりしない天候は龍をますますゆううつな気分にさせた。

 大会が行われるのは市が所有する武道館で、その近くには運動場や体育館もある。市民がスポーツに親しむ総合運動施設として、まとめて設けられているのだ。

 武道館の入り口付近で、と待ち合わせを決めたのだが、一番に到着していたのは何事にも真面目な至、その次に牙門で、龍と団兵がやって来たのを見ると、天盟たちもあとで応援に駆けつけると話した。

 一足先に団兵は会場内に入り、三人はその場で待ち続けたが、ロッキーの姿がなかなか見えてこない。龍はイライラと足踏みをした。

「何やってんだ、あいつ。まさかこの場所がわからないってんじゃねえだろうな」

「そんなはずはありませんよ。昨日も一緒に行き方を確認したんですから」

 そう言いながらも、至は不安そうな顔を見せた。転校してきて二ヶ月ほどの彼はここらの土地にはまだまだ不案内である。どこかで迷ってしまったのかもと懸念された。

「オー、ソーリー。遅くなってゴメンナサーイ」

 明るい声が響いて、ようやくロッキー登場。やれやれと胸をなでおろした龍はそれから、咎めるような口ぶりで、

「何やってんだよ、遅れるなら連絡よこせよな」

「それが、出かけようとしたときに、アメリカにいるパパのパパ。グランパのブラザーのフレンドで……」

 ややこしい関係が英単語でえんえんと語られて、その複雑さに龍は閉口した。

「わ、わかった。だから要は、アメリカの知り合いだろ?」

「イエース、そのシリアイから航空便が届いたね。その人はとっても日本贔屓で、ボクが日本の誇る武道、剣道を始めたって聞いて、お祝いのプレゼントを贈ってくれたんだけど、何だと思う?」

 ロッキーはいたずらっぽく笑うと、仲間たちを見まわした。

「さあ、見当がつきませんけど」

 首をかしげた至に同意を求められて牙門もうなずき、龍が訊いた。

「もらったお祝いってのをここに持ってきたのか?」

「もちろん、みんなにぜひ見てもらいたいからね」

 背中に背負った竹刀袋を下ろしたロッキーがそこから取り出したものは見覚えのある形をした剣、夕闇迫る空のごとく深い紫色をした鞘に納められたそれこそが、

「玄武……剣?」

 そう叫んだきり牙門が、龍たちも言葉を失った。

「まさか……」

「……玄武剣はアメリカに渡っていた、日本国内を探しても見つからないはずですね」

 至が発言すると、ロッキーは知り合いであるその人物がアメリカで行われた日本の骨董品のオークションで剣を手に入れたらしいと説明した。

 剣のあるところに次の剣が現れる、互いに呼び合うように……今さらながらにそれを感じた龍は重ねて尋ねた。

「……ということは、ロッキー、おまえが」

「玄武の剣士、見参! だね」

 まるで特撮ヒーローのような決めゼリフを口にして、ロッキーはにっこり笑った。

「そうだ、どうして今まで気がつかなかったんだ……オレがいて、牙門がいて……」

「あとの二人のどちらかに、ボクはなれないのかとずっと思っていたよ。だって、同じ道場の仲間だもの。ヨウカイに狙われてもいい、ボクもリュウたちと一緒に闘いたい。その気持ちが通じたんだね」

「剣が私たちを同じ場所に導いてくれたのだと思います。我々が龍の道場に集まったのは偶然ではない。剣士として選ばれた者同士……」

 そこまで言って、牙門は口をつぐんだ。

 ならば、最後の一人は決まったも同然ではないか。しかし、翔はあれ以来、春日道場を訪れていない。学校で声をかけても知らぬふりで、牙門も、龍自身も彼のことはあきらめかけていたのだ。

 それでも、ひょっこり戻ってくるかもしれない。わずかな期待を抱きつつ、四人は今日ここに集まった。もしも翔が現れなかったら、団体戦は不参加、龍の個人戦のみになってしまう。

 選手集合の時間まであとわずか、時計とにらめっこをしていた至がため息をついた。

「……タイムリミットですね。そろそろ中に入らないと、龍君まで失格になってしまいますよ。個人戦だけでも何とか出られるようにしましょう」

 もっともな言い分である。みんな仕方なく承知して、武道館に入ると控室にて着替えを済ませ、防具と竹刀袋を手に、他道場の選手たちが集まっている場所へ向かった。

 すでに対戦の組み合わせは決まっており、龍たちが勝ち進んだとして、明武館とあたるのは決勝である。また個人戦でも、龍と翔の対戦は決勝までおあずけだった。

「翔は個人戦にも出るつもりはねえのかな」

 貼り出されたトーナメント表をながめながら、龍はつぶやいた。

 常に冷静沈着な翔だが、その内には自分に負けないほど熱い剣士の心を持っている、龍はずっとそう思っていた。

 そんな彼が『輝蹟の剣』に関わりたくないと考えるなんて、いや、それだけならともかく、大事な試合をも放棄してしまうとは信じたくはない。

 宿命のライバルであり、大切な仲間、友となったはずの翔、彼は剣士の心までも放棄してしまったのか……

 ロッキーが玄武の剣士だとわかったのに、嬉しさ半分なのはそのせいだった。

 うつむいたままトーナメント表のそばを離れた龍の前に、大きな身体を小さなTシャツで包んだ宍戸が現れた。白地に海とヨットがプリントされた涼しげなシャツにもかかわらず、丸太のような腕や腹周りが窮屈そうで、とても暑苦しい。

 まだまだ初心者の彼が門下生の多い明武館から試合に出してもらえるはずはなく、今日は応援要員としての参加だろう。

「よう、春日」

「なんだ、おまえか」

「そんな言い方はないだろ」

 宍戸は不服そうに言うと、あたりをはばかるようにして耳打ちした。

「おまえ、ヨウとかいう中国のヤツに何か言われたか?」

「ヨウって……ああ、和田と一緒にいたヤツのことか」

「よくわかんねえけど、アイツ、おまえらのチームをすごく気にしてたぜ。決勝まで残らないとあたらないのにさ。オレよりあとから入ってきたくせにメチャメチャ強くて、なんかムカつく存在なんだ」

 長いものには巻かれる主義の和田とは違い、新参者のヨウ・ハク・ソクが団体戦の大将の座をさらったことが、この『お山の大将』には気に食わないらしい。

「だからさ、ホントは明武館を応援しなきゃならねえけど、おまえのところにがんばってもらいたいってわけだ。大会に出る選手を決めたときの、道場内の試合ってのがあったんだけど、そのとき見たアイツの竹刀の動きときたら、ヘビみたいにニョロニョロって動いて、知らない間に小手に入ってたりしてる、すげえ気味の悪い技だった。あれには気をつけた方がいいぜ」

「忠告ありがとよ。大丈夫、勝ってみせるからさ」

 そう言って宍戸と別れた龍の前に、次に現れたのはなんと、噂のヨウ・ハク・ソクで、彼の後ろには和田が腰巾着となって控えていた。

「誰に勝つつもりですか、春日龍クン」

 ココアとコーヒーを混ぜたような色の稽古着姿のヨウはあいかわらず不気味な雰囲気を漂わせながらニヤニヤと笑い、次にあたりを見回すようなホーズをとった。

「お仲間が一人足りないみたいですけど、五人揃わないと試合には出られないんでしょう? それとも、補欠選手でもいるのかしら?」

 少し離れた場所に牙門たちがいる。それを承知しての、わざとらしい仕草だ。

 宍戸には大丈夫だと言ったものの、本当は大ピンチなのである。言葉に詰まる龍を見て、調子に乗ったらしく和田が続けた。

「チームを裏切るようなヤツは何度でも裏切るのさ。そんなヤツを信用して、仲間に加える方がバカなんだよ」

「そんな……翔は……」

「だったら、なんでここにいないんだよ? もうすぐ開会式だ、間に合わないじゃないか。明武館の裏切り者はしょせん……」

「裏切り者はしょせん、何だと言うんだ?」

 ふいに背後から美声が聞こえ、驚いて振り返る龍の目に、黒ずくめの姿が映った。

「げっ、やばっ、夏樹……さん」

 慌ててヨウの背中に隠れる和田、翔の鋭い視線を跳ね返すかのようにニヤリとしたヨウは「ようやくお出ましですか」と言ってのけた。

 一方の翔も負けてはいない。

「きさまとの決着はあとでつけてやる。首を洗って待っていろ」

「それはそれは、決勝を楽しみにしてますよ」

 ニヤニヤ笑いを残してヨウたちが立ち去ると、龍は翔の袖を思いっきり引っ張った。

「何やってたんだよっ! 遅過ぎ……」

「式が始まる。話はあとだ」

 不満げな龍だったが、その表情は安堵に変わった。

 翔が戻ってきた、自分たちの元へ……

                                ……❺に続く