MY MEMORANDUM

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輝蹟の剣〈中国旅情編〉 ❶

   序章 剣士、中国に発つ

 

 空港のロビーに降り立った春日龍は「う~ん」と大きな伸びをした。初めて飛行機に乗るとあって、出発前は大はしゃぎだったが、関西空港発の直行便に乗るための日本国内での移動に、そこから中国への移動と、この長い行程はさすがに堪えたらしい。

「……めちゃめちゃ長かったな。いい加減乗り飽きたって感じ。だろ?」

 振り返って仲間たちを見ると、誰もが疲れ切った顔をしていた。

 雲南省の省都であり、最大の都市、昆明。雲南省といえば中国でも西のはずれというイメージがあるが、昆明は想像していた以上に都会だった。近代的な高層ビルが立ち並ぶ街には中国西南エリアの観光拠点らしく、有名な高級ホテルもある。

 交通拠点のバスターミナルからは各地へ向かう長距離バスが絶え間なく発車しており、道路は常に混雑していた。ここから目指す影刃族の村までは、まだ三百キロ以上ある。交通手段はバスか車で、大理までは鉄道も通っているが、切符の入手が難しい。

 荷物を受け取り歩き出すと、一行を待ち受けていた男性が手招きをしていた。

「あれは……お父様!」

「え~っ?」

 彼らを出迎えたのは秋顕篤(けんとく)で、半袖のポロシャツにスラックス姿といういでたちの彼は、龍たちの知っている影刃族の人々とは随分様子が違っている。齢の頃は四十代、髪は白髪混じりだが上品で端正な顔立ちの顕篤は久しぶりに会う息子に、にこやかな笑顔を向けた。

「牙門、元気そうで何よりだ。皆さんも遠いところをご苦労様です」

「顕篤、わざわざ済まなかったの」

「いえ、天盟様もお疲れでしょう。少し休憩してから出発しましょうか?」

「いやいや、わしなら大丈夫じゃよ」

 日本にいた影刃族のうち、秋牙門を除く六人と泰喬、華鈴は既に帰郷しており、顕篤は後発の七人──龍たち五人と天盟、傭兆──を迎えにきたのだった。

 名門・秋家の二男として生まれた顕篤は村の大半の者が農業を営む中で異色の人生を歩んでいた。長男の剛芳(ごうほう)は家督を継ぎ、農業の傍ら、村一番の武術の達人として子供たちに武道を指導している。三男の利悌は調理師の専門学校へ、そして顕篤は幼い頃から秀才ぶりを発揮し、村からは初めて大学に進学、昆明でコンピュータ技術者として就職し、会社の研修で日本を訪れた際に妻・まなみと知り合ったのである。牙門が生まれると、まなみは村の教師として、そちらに村に住むようになり、現在の彼は昆明に単身赴任という状況だ。

「それでは参りましょうか。あちらに車を置いてありますので」

 駐車場には旧式のワンボックスカーが停めてあった。八人の人間が乗った上に大きな荷物も積み込んだためか、顕篤がアクセルを踏んでものろのろとしか動かない。それでもポンコツ車は影刃の村に向けて走り始めた。

                                ……❷に続く