MY MEMORANDUM

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オカマ先生と秘密の衣裳部屋 ❼

〈再び天総一朗からの電話〉

 

「……そうよ、今やっと休憩時間。まったくサボリの高校生じゃあるまいし、学会の最中にケータイでメール打ってる教授なんて前代未聞じゃないかしら。あ、あと三十分したら午後の部が始まるから、要領よく、手っ取り早くお願いね」

「そうだ、メールの宛て先は全部判明したの? ほら、ハルカとか何とか、いろいろあったやつ。あら、その名前って二台目のケータイのアドレスなの? つまり、その人は被害者名義のケータイを使っていた……って、とっくに解約されてた? じゃあ、どこの誰かまでは追跡できないわね」

「ああ、窓枠に残っていた指紋ね。被害者のものだけだったのね、やっぱり睨んだとおりだわ」

「考えてもみて。十二月の夜に窓を開けっ放しにしている人はまずいないわよね。だから犯人は被害者の身体を投げ落とす準備をした際に、窓のどこかに触れたにも関わらず自分の指紋を残さなかった」

「もうわかったでしょ? 手袋持参の用心深い犯人が凶器に指紋を残すとは思えない。そもそも花瓶が凶器ではない。じゃあ本当の凶器は何って言われてもわからないけど、鈍器って呼ばれる類のやつね、たぶん。処分する時間はないから、それは今でも犯人が隠し持っているはずよ。見つかれば有力な物証になると思うわ」

「クズカゴに入っていたティッシュは被害者の傷を押さえたんじゃなくて、鈍器についた血痕を拭き取ったものじゃないかしら。そうでなきゃ血を拭き取る意味がないし」

「じゃあどうして花瓶は割れていたのか。その破片に血が付着していたのはなぜか。犯人がわざわざ鈍器を持ち込み、持ち帰ったのにはどういう理由があったのか」

「お手上げ? ちゃんと考えてる? もう、手がかかるわね。いい? 花瓶で殴れば割れた破片で自分も怪我をする恐れがあるから使いたくない、だから鈍器を用いたけれど、それでも犯人は花瓶を凶器だと思わせたかった。それ以前に、花瓶がそこにある不自然さに気づかれたくなかったのよ」

「何で不自然かって? あのね、普段は使わない閉め切りの部屋に生花を飾る? しかもお母さんがせっかく持ってきた花瓶を別の部屋に移しちゃったら、今度来たときに失くしたのかって大騒ぎになるわよ。被害者自身が五〇二号室に持って入るはずはない、従って移動させたのは犯人となる」

「犯人は手近に飾ってあった花瓶で殴りつけたというストーリーにしたかったわけだけど、じゃあ何で花瓶なのか考えた? ピンポーン、正解! 水よ、水。そのためにわざわざ花を用意したのよ」

「絨毯に広がったシミは花瓶に入っていた水のせいだと思わせたかった。そのワケは何だと思う? これは宿題ね。だって、あと十分だもん、行かなきゃ」

「もっとヒントって、あなた、刑事になって何年経つの? っていうか、それ以前にアタシと何年つき合ってるのよ。十年近く経つのよ、いい? コツみたいなものとか、目のつけどころぐらいわかってるはずでしょ、自分で推理したら? ああもう、しょうがないわね、じゃあひとつだけよ」

「被害者はなぜスーツを着ていたか。大学から帰ったときの映像にはジャンパーとジーンズ姿で映っていたって言ったわよね。いったん帰ってからスーツを着て出かけるような先があったのかしら?」

「未来の社長の椅子が待っているのにシューカツってわけでもないでしょうし、夕食を済ませて帰っているのだから、合コンパーティーやデートでもない。しかもジーンズが脱ぎ捨ててあったのは例のコスプレ衣裳部屋でしょ? 五〇一号室の方ではなく、ここでスーツに着替えた、スーツは衣裳部屋にあったってことじゃない」

「彼にとってスーツはコスプレのひとつだったんじゃないかしらね。大仕事になるけど、あの部屋にあるコミックスとDVDをあたってみたら? たぶん、アタシの予想するジャンルのものがあるはずよ」

「うーん、もうひとつ大サービスよ。エアコンと扇風機が同時に動いていたのはなぜか。部屋を効率よく暖めるのに扇風機を併用したんだろうけれど、お金に無頓着な道楽息子がそんな節約主婦みたいな真似はしないわよね。だとすれば、少なくとも扇風機のスイッチを入れたのは犯人よ。さあ、この謎をどう解くのかしらね?」

                                ……❽に続く