MY MEMORANDUM

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オカマ先生と秘密の衣裳部屋 ❽(最終章)

〈尚人と総一朗の会話〉

 

「こんばんはー。お招きに預かり参上しました。ホントに毛ガニ買ってきてくれたんですね。えっ、極上のタラバガニも? やったー、カニ鍋だー」

「カニ、カニって、あなたの前世はカニクイザルだったのかしらね。まったく、捜査に協力したアタシの方がカニを奢るのって、何かおかしくない? まあ、いいから上がりなさいよ。スリッパ、そこにあるから」

「お邪魔しまーす。さすが、いつ来てもきちんと片づいていますね、男の一人暮らしとは思えないっていうか……そうか、オカマの一人暮らしだから……」

「何ごちゃごちゃ言ってるのよ。ほら、コートはあっちに掛けておくからいいわ、そこ座って」

「ああ、お願いします。あれ、今日はあの、農学部一のイケメン学生って評判の彼氏、呼ばなかったんですか?」

「ええ。実家で法事があるって、昨日から帰省してるのよ」

「そうか。それじゃあ、今夜はボクが先生を独り占めですね」

「また、そんな甘いセリフを囁いたところでカニと、せいぜいワインぐらいしか出ないわよ」

「そうだと思って買ってきましたよ、大分の麦焼酎『美青年』。名前からして先生好みのお酒でしょう?」

「なかなか露骨じゃないの、ありがとう。お湯割りにするでしょ? 後ろのポットに入っているから……あら、耐熱のグラスはどこに置いたのかしら?」

「お湯割りかぁ、いいですねぇ。梅干入れると、もっといいかも」

「それって邪道じゃない? このまま飲むのが通ってもんよ」

「はいはい。それでは事件の解決を祝してカンパーイ」

「……まあ、わりとイケるじゃない、美青年。それじゃあカニを入れるから、そこの取り皿をこっちに渡して」

「はい、ありがとうございます。うーん、美味そうな匂いですねー。さすが先生、料理上手だ」

「鍋なんて、いい材料が揃えば誰でもそれなりに作れるものだけど」

「またまた謙遜しちゃって。先生の手料理の美味さは学生時代から評判だったんですよ。里芋の煮っころがしからビーフストロガノフまで、和洋中何でもござれでしたし。お嫁さんにしたいゲイ・ナンバーワンとかに選ばれるかも」

「ナンバーワンって、いったい誰が投票するのよ? ホント、けったいなことを思いつく人ね。学生の頃からだけど」

「もちろんボクは先生を推しますし、彼氏もそうじゃないですか。うわっ、あちっ。でもこれは美味い。さすが本場のカニだ、身が詰まってますねぇ」

「どんどん食べてね。あ、そうだわ。渥美警部、何か言ってた?」

「げっ、いきなり酒がまずくなるような質問ですね」

「あら、ごめんあそばせ。それじゃあ、嫌味とか、お小言でも食らったのかしら?」

「幸いというか何というか、それはなかったですよ。ボクの背後で先生が何らかの指示を出していたことにはうすうす気づいていたみたいですけど、これといってコメントはなかったですね」

「指示って、アタシはヒント与えただけじゃない。最終的にはあなたのお手柄よ」

「そう言っていただけて光栄です。いや、もしも警部が『オカマ教授の差し金か』なんて言い出したら、すべては先生のご指導の賜物ですって擁護するつもりでしたけどね」

「まあ、あの石頭の警部にウザイって思われようが何だろうが、どうでもいいけどね。それで、トリックについては皆さんが納得いくように説明できたの?」

「はい、こんな感じで。『犯人はガイシャが着替えをしているところを襲い、鈍器で殴って気絶させると、五〇一号室から持ってきた花瓶を割って欠片に血液を付着させ、バラの花を散らした。次に布団を干すような形でガイシャの身体を窓枠に掛け、重しをつけて微妙なバランスを保つようにした。その重しとは穴を開けたビニール袋に入れた大量の氷であり、これをガイシャの足に紐でくくりつける。それからエアコンの温度を三十度という高温に設定し、窓を開けているせいで熱が外に逃げてしまうのを補うために扇風機を回した。すべては氷を溶かし、それを誤魔化すための、いわば時限装置であり、氷が解けたことによって穴から水が漏れ、重さのバランスの崩れた身体は外側へ落下する』と」

「そんなトリックがそう上手くいくものかと思うけど、上手くいっちゃったのよね。ま、要はある程度の時間稼ぎができればよかっただけだから、落下まで何分といった正確さは必要なかったわけだし」

「窓枠に掛かったガイシャの姿を目撃されたりとか、落下直後のところを見られたりしたらアウトですし、危なっかしい計画というか、綱渡りというか……花瓶に別人の指紋がついていたこともラッキーでしたよね」

「捜査を混乱させたという点ではたしかにそうね。それにつけても、マイパソコンが壊れていなければもっと早く真相がわかったのにね。すぐに検索していたら、あそこまで手間取らなかったと思うと悔しいんだけど」

「ああ、シノブのブログのチェックが遅れたことですか?」

「ええ、あの、どんくさくて、わざとらしい文章のね。大好きよ、ウフフなんて、イマドキのおバカアイドルだって書き込みしないって」

「まあ、たしかにあれはかなりの無理がありましたね。最初に読んだときはドン引きしちゃいましたよ。うわ、こりゃあデカい。こっちの爪もいただいていいですか?」

「どうぞ、どうぞ。あなたのリクエストで買ってきたんだから。それにしても、そちらの刑事さんたちで気づいた人は本当にいなかったの?」

「はあ、恥ずかしながら……ブログの存在を知ったのもずいぶんあとだったし。でもあれは他の人に疑いを向けるための、いわば情報操作だったわけですよね?」

「目的のひとつには違いないわね」

「そこに指紋の件が拍車をかける形になって、上手くいったと思い込んだけれど、実際は逆で、あんな文を書いたせいで捕まったようなもので……」

「書き込んだ人物を特定したところで、殺人事件を面白半分に扱うなんて不謹慎だと注意される程度で済む内容だもの。犯行に結びつくとは気づかれない、大丈夫だとタカをくくっていたんじゃない」

「そうなんですよ。ボクにはあのブログの文章が真犯人を確定するものになり得るとはとうてい思えなかったんですが、先生はどこで気づいたのですか?」

「すぐにわかったわよ。『ここだけの話、同じマンションの各階に一人ずつアイジンを住ませているんですって! びっくりでしょ!』ここよ、ここ」

「……それが何か?」

「鈍感ねー、まったく。同じマンションに三人の女を、ではなく、各階に一人のアイジンってところがポイントじゃないの」

「ポイント……ああっ、そうか! 各階ということはつまり、一階も含まれる。しかも女とは限定しなかったと」

「そういうこと。アイジンという関係を嫌悪しつつも、自分も彼が選んだ一人だと主張したくて、ブログなんてものに書き込んでしまった。複雑な心境だったのね」

「たしかに複雑すぎて、ボクたちにはそこまで読めませんでした」

「ま、仕方ないわね。とにかく、あの文を読んだとたんに、もしやってピンときたのよ。彼は五〇二号室の無断使用を知る立場にあったし、帰宅後の被害者の行動も把握できたんじゃないかって」

「そうなんですよ。先生がおっしゃったとおり、殺害計画を思いついたのは宅配便のことを聞いたときだとも、帰宅時に夜の誘いを自分からかけたとも供述しました」

「あの二〇五号室の人の帰宅時刻は毎日ほぼ十時と決まっていたわけだから、宅配の荷物を引き渡している最中に落下してきたとなれば、五階の犯行現場にはいなかったという証言が彼の口から得られる。都合よくアリバイの証人に仕立て上げることができると考えたのね」

「あの場所では物音がしたかどうかなんてハッキリわかりませんしね。『今、何か聞こえたけど』と同意を求められれば『そうかもしれない』で済む。多少の時間のズレはあっても誤魔化しが効くというわけで、本当に聞こえたのかどうか、もう一度念を押したら、言われたのでそんな気がしただけかもと、心もとない言葉が返ってきましたよ」

「最初の証言もそんな感じだったものね。さて、あとは第一発見者として駆けつけた際に紐と袋をこっそり処分すればおしまい。懐中電灯が頼りの、建物裏の暗がりだもの、気づかれずに処理できたんでしょうよ」

「そう、その紐と袋ですけど、先生が指摘されたとおり、何かを燃やした灰が植木鉢の土から発見されました」

「警察が入り込んでいる最中だし、不用意に燃えるゴミなんかに出して、チェックされたらマズイと思ったんじゃないの。凶器の鈍器もすぐに見つかったんでしょ?」

「はい。中国だかどこだかの土産だという、大理石でできた人形の置物が元通りに飾ってありましたが、ルミノール反応が出てキマリです」

「幕引きはあっけなかったわね」

「先生、けっきょく彼はガイシャを殺したいほど憎んでいたんでしょうか? それとも愛していた……」

「そのどちらともじゃないかしら。普通の男でありたいと思う気持ちと、深みにハマッていく自分が恐ろしくなって、彼さえいなくなればこの同性愛地獄から逃れられると考えるようになったんでしょうよ」

「さすが先生、ゲイ心にはお詳しい」

「彼の場合、元からゲイだったわけじゃなくて、被害者に半ば脅されて関係を持ったのが始まりだったんでしょ?」

「ええ。いつでもクビにしてやるって言われたみたいですよ。相手はオーナーの息子ですから、やろうと思えばできる。それでビビッちゃったんでしょうね」

「まだ独り者で、なんて話していたあたり、女性との結婚願望は捨てていなかったと思うんだけど。線の細い美青年ってのに生まれたのが運のつきだったのかしらね」

「そこに無類のスケベが目をつけたってわけですか。複数の女だけじゃなくて、男にまで手を出すなんて、死者に鞭打つつもりはありませんが、とんでもないヤツでしたね」

「普通の恋愛に飽き足らず……って話していたのはあなたでしょ。男同士の味も試してみたかったんじゃないの」

「そうですね。なんたって、キャラになりきるのが好きでしたしね」

「そう。かのボーイズ・ラブ・ワールドはゲイ版ハーレクインロマンスですもの。一歩足を踏み入れれば、めくるめく愛と快楽の世界が広がっているとでも思い込んだのよ。現実はそんなに甘くないけど」

「いやぁ、ハーレクインロマンスがどういうものかよく知らないんですが、ボーイズ・ラブってマジで驚きのジャンルですね」

「あら、前に何かの事件のことで紹介しなかったかしら?」

「ちらっとは聞きましたけど、実物を手に取ったのは初めてですよ。えっと、タイトルは『オオカミ紳士とコヒツジ執事』の、カズオミとシノブでしたっけ?」

「三十代の若さで一流企業のトップを務めるヤリ手のイケメンと、花屋でバイトしてるところを見初められて秘書兼執事に採用された、美形の貧乏大学生のラブストーリー。掃いて捨てるほどありがちな話ね」

「先生はよくご存知かもしれませんけど、ボクはああいう内容のコミック読んだの初めてだったから、ビックリしましたよ」

「修業が足りないわよ、尚人くん。もっと激しい描写の作品もあるんだから、あの程度で驚いていちゃダメだって」

「そうなんですか? はあ~」

「あのジャンルにはね、登場人物の年代で大きく分けると、学生が主体の学園物と、社会人主体のリーマン物があるのよ。リーマンって、サラリーマンの略ってのはわかるわよね。キャラとしてはオオカミ紳士みたいなエリート社員なんかが特に好まれるってわけ」

「つまり、リーマンのコスプレとしてスーツを着ていたんですね」

「同様に、彼にも執事のシノブを演じさせていたんでしょうね。それらしい、かしこまった服も衣裳部屋で見つかったんでしょ。あ、もう一杯飲む?」

「はい、いただきます。あー、何かホッとしますね。肩の荷が下りたって感じですよ。そうだ、ちょっと疑問に思ったことなんですけど、無理矢理ケータイを持たされたからって契約者以外の人が勝手に解約はできないはずですよね。ということは、シノブ用の二台目のケータイを解約したのはガイシャ自身。なぜなんでしょうか?」

「メールをチェックされて、二人の関係に気づかれそうになったんじゃないの。きゃっ、熱っ! やだ、鍋触っちゃった」

「大丈夫ですか? 冷やした方が……痛みますか?」

「ああ、平気よ。この保冷剤を当てておけば……あら、どこまで話したんだっけ?」

「ケータイの送信済みメールからシノブの存在に気づかれたのではというところです。たしかに、シノブはハルカやキララとはワケが違いますよね。バレたらかなりヤバイ相手だった」

「それで自分から解約した。帰宅時に声をかければ約束は簡単にできるから、もともとケータイは必要なかったのよ」

「それなのに、その名前だけが発信歴に残ったところを見られてしまったとは、ついてないですね」

「そうかしら。ブログで女性を装うのなら、どんな名前でもよかったのに、シノブという名前を使ったのは彼なりのメッセージだった。アタシはそう考えたんだけど」

「メッセージ、ですか」

「ええ。それで、最大のメッセージはトリックに使ったバラね。三本の黄色のバラ」

「バラが? たしかにあれを買いにきたのは彼だったと近所の花屋で裏がとれていますけど……」

「黄色のバラの花言葉、知ってる? それと、本数にも意味があるんだけど、わかったかしら?」

「いえ、さっぱり……」

「嫉妬、すなわちジェラシーよ、ね?」

                                    ──了