2
受付を通過した少女の群れが中へと殺到する。創と総一朗も彼女たちに続いて足を踏み入れた。思っていたよりも狭く、薄暗い建物はたちまち満杯になった。
客席の後方には一応座席があるのだが、そこは荷物置き場と化している。観客たちはさっそくステージの前を陣取り、メンバーが出てくるのを心待ちにしていた。
見渡す限り、女、女、女。さっきの三人組はどこに紛れてしまったのかもわからない。総一朗は大張り切りで群れの中に飛び込んでいったが、そこまでする気のない創は座席の前に立ってステージを眺めた。
真ん中に立っているマイクはヴォーカルのものだろう。それを挟むようにギターとベース用のマイクとアンプ、後方中央にはドラムが据えられ、向かって右側にキーボードが置いてある。
ベースの立ち位置はやや右寄りで、つまり左側にはいくらかのスペースが空いているのだが、そこが先に総一朗から聞かされた、サイコお得意のコント用スペースなのだと納得した。
ざわざわと落ち着きのない雰囲気が熱を帯びてきた。いよいよ彼らの登場だ。
突然、稲妻のようにライトが光った。派手に鳴り響く音はまさに雷鳴、ステージの袖から飛び出してきた男五人は悲鳴に近い、黄色い歓声に迎えられ、めいめいの配置に着くと腕を上げてポーズをとった。
「キャーッ、ダイキィ!」
「トーマッ!」
さっそくオープニングの曲目に入る。聴き覚えのあるイントロだ。
総一朗のカーステレオによって彼らの音楽は耳にタコができるほど聴かされたが、実際に演奏している姿を見るのは初めてである。創は五人の様子をつぶさに観察した。
まずはギターのトーマ。シルバーのジャケットと黒い革パンツがスラリとした長身によく似合う。アッシュカラーの長めの髪と冷たく整った顔立ちはゲームソフトで見かける美形の主人公のような、人工的な美しさだ。
常に的確な演奏ぶりが彼の冷静沈着な性格を表している。どんなに騒がれても平然としているのが憎らしいほどだが、このバンドの曲の大半は彼が作っているというから、胸に秘めた情熱とやらの持ち主かもしれない。
ギターの後方に見えるのがドラムのジーンだ。顔立ちそのものは平凡なのだが、隈取もどきの化粧とモヒカンヘアーに頬へのピアス、カラーコンタクトをして奇抜なファッションに身を固めた彼は──奇抜というか、コスプレ状態である。本日は緑一色の、丘に上がったカッパのような格好で、逆立てた髪も緑色に染めている──その奇抜さが災いしてか、このビジュアル系バンドにおいても女性ファンに敬遠されがちなのは納得できる。さっきの少女三人組の一人、ルナのようなファンは稀少価値があるだろう。
ドラムの隣はキーボードのシュリ。西洋の御伽話に出てくる王子様のような格好がよく似合う優男だ。痩せ型の体型に顔の造りもどちらかといえば女性的で、ウェーヴのかかった茶色い髪と合わせて、女装が似合うタイプといっていい。スネアを力任せにバシバシ叩きまくるジーンの横で鍵盤を遠慮がちに弾いている姿が気の毒に見える。
キーボードの斜め前がベースのアユムで、世間一般では美男子の部類だろうが、個性派揃いのバンドにおいては残念ながら地味な印象を受ける。それをカバーしようとしてか、和風の作務衣のような衣裳を着ているが、西洋風のメンバーの中で浮いてしまっているのが悲しい。
そんな彼ら四人のメンバーを従えるかのように中央に立つのがヴォーカルのダイキだ。金髪を逆立ててはいるが、可愛らしい童顔で小柄、二十五歳という実年齢には見えない。真っ赤なジャンパーを着た様子はヒーローごっこの主人公になりきっている小学生のようにすら感じる。
ともかく、見た目も衣裳も統一されていない彼らの特徴は演奏する楽曲にも現われていて、それらはロックバンドという枠に囚われていないものだった。
歌謡ポップスもどきの甘ったるいラブソングもあれば、民族音楽を彷彿させる物悲しいメロディーもあり、そうかと思えば物騒で過激な歌詞が連続するハードロックにヘヴィメタル、異様な世界に引き込まれるプログレ、シティミュージックばりのバラードに、パワー全開のアニソン系とバラエティに富んでいて、しかも音程が安定しているので聴きやすい。
どれを聴いても同じ曲のように聞こえるバンドやミュージシャンは少なくないが、そういった点ではサイコの守備範囲の広さは驚異的であり、また、それらすべての曲を見事に歌いこなすダイキの歌唱力と、美しく伸びのある声も素晴らしいものだった。
ダイキ七変化とでも表現すればいいだろうか、激しくパワフルに雄叫びを上げたかと思えば、バラードをしっとりと歌い上げたりもする。総一朗が気に入るのも道理の、優れたヴォーカリストだと創も認めていた。
ノリのいい曲を二、三続けて演奏したあと、ダイキが「こんばんは、サイコ・キ・ネシスのライヴへようこそ。ボクはヴォーカル担当の、身体は小さくてもダイキです」と挨拶を始め、客席からはドッと笑い声が上がった。
興奮冷めやらぬファンを優しい視線で見つめる彼の姿に、創は好感を持った。派手なナリや職業にあっても、飾らない人柄の良さははっきりと感じ取れる。
「今夜はボクたちのミッドナイトライヴということで、えっと、けっこう遅い時間までやるんですけど、こんなに大勢の人に集まってもらってとても嬉しいです。今宵のこのひと時、盛り上がっていきましょう」
観客の歓声に手を上げて応えたダイキは「次の曲は最新アルバムから『花びらの季節』です。恥ずかしくなるほど甘い曲です」と紹介をした。これは作詞をシュリが担当しているためか、彼がリードヴォーカルをとり、ダイキはコーラスに専念していた。
またしばらくの演奏ののち、突如照明が落ちてジーンだけにピンスポットが当たる。残りの四人は楽器を置いて袖に引っ込み、当のジーンはドラムの位置からヴォーカルの立ち位置までゆっくりと進み出てきた。
「それではいよいよ今夜の出し物の時間となりました」
一段と大きな歓声が上がる。誰しもがこの時を楽しみにしていたようだ。
「えー、今回の演目は『ガーリックタロー』といいます。関東地区では初演ということでみんな張り切っています」
準備の時間を稼ぐためか、しばらくジーンの口上が続く。彼は桃太郎のお話においては鬼のポジションにあたるヴァンパイア役なので、皆よりも出番が後になるため、この役目を仰せつかったのだ。
その後、ジーンと入れ替わるようにしてアユムとシュリが西洋の騎士とお姫さまのような衣裳をまとい、白髪の鬘を被って現れた。
(まさか、外国のおじいさんも山で柴刈り、おばあさんは川で洗濯するとか)
そんなツッ込みを入れながら見守る創の予想どおり、大きなたらいを持ったシュリばあさんは腰を曲げて洗濯の真似事を始め、背中を向けたアユムじいさんが柴刈りを開始した。会場からクスクスと忍び笑いが漏れる。
(まんまじゃねーかよ。まあ、このベタさ加減がいいんだろうな)
「おやおや、あれは何じゃろうか?」
大袈裟な身振りで遠くを眺めるポーズをとるシュリの目の前に、大きなニンニクが「どんぶらこ」と流れ着いた。黒子の格好をしたスタッフが二人がかりで、発泡スチロール製のニンニクを押して出てきたのだ。
「何とまあ、大きなニンニクじゃ。おじいさん、おじいさんや」
呼びかけられたアユムが手にした『なた』でニンニクを切る真似をしながらマジックテープをはがす。ここが前半の見せ場、中からはガーリックタロー役のダイキが桃太郎のように元気に登場するはずだった。が──
真ん中で二つに割れたニンニクの中から真っ赤な塊がごろんと転がり出たが、それが何なのか咄嗟にはわからず、しばし不気味な沈黙が流れる。
「……うっ、うわぁーっ!」
一番傍にいたアユムが大声を上げて飛び退き、勢い余って尻餅をついた。それと同時に最前列にいた観客が発したヒステリックな悲鳴が場内に響き渡り、楽しいはずのライヴ会場は一瞬にして地獄と化した。
いったい何事かと目を凝らす創にもその正体がはっきりと見えると、たちまち身の毛がよだち、背筋が凍りついた。
真っ赤な塊は女の身体だった。赤い服を着ていたのでそう見えたのだが、転がったまま微動だにしないその女がとうに死亡しているのはここからでもわかった。
目をカッと見開き、恐怖に引きつったその顔には見覚えがある。ジーンファンのキャバ嬢女子高生、ルナだ。
手首には緑のチョーカーを巻き、首にも何かを巻きつけている。銀色に鈍く光るそれは大きな十字架の首飾りで、ガーリックタローがヴァンパイアと戦う際の武器として、身につけて使うはずの小道具だった。
……❹へ続く