MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

オカマ先生と秘密の衣裳部屋 ❹

〈第一発見者・二〇五号室の住人、厚木司郎(あつぎ しろう)の証言〉

 

「い、いや、何しろこういう取調べなんてのは初めてでして……取調べじゃない? そ、そうですよね、私らは容疑者じゃなくて証言者ですもんね。転落したときには一階にいたわけですし。アハ、アハハ。あ、タバコ、一本いただいてもいいですか? こりゃ、どうもどうも」

「軽くてなかなかイケますね。これ、何て銘柄ですか? 今度買ってみようかな。まあ、税金のかたまりかと思うと癪ですけど。おっと、また脱線だ。失礼しました」

「私は駅ビルにあるレストランに勤務していまして、帰宅はたいてい夜の十時頃になるんですよ。一昨日でしたか、実家から宅配便を送ったという連絡があったので、藤沢さんにその旨を伝えておきました」

「それで、帰宅してすぐ、預かってもらっていた荷物を受け取りまして、その最中でしたか、何やら大きな物音が聞こえたっていうんで、二人で外に出たところスーツ姿の若い男性が倒れているじゃありませんか」

「いえ、すぐにそうだとわかったわけじゃありません。何しろ暗がりでしたから。懐中電灯の光を当てて、よくよく顔を見たら、これは五階に住む溝口さんだと藤沢さんが言い出しましてね」

「自殺を図ったんじゃないかと思いました。そんな、まさか窓から突き落とされたなんて、考えつきもしませんでしたよ。慌てて救急車呼んで、警察にも連絡した方がいいってんで、大騒ぎになったわけです。いや何だかもう、しっちゃかめっちゃかで……」

「まあ、私らが混乱したところで助かりはしなかった。救急車が到着したときには既に亡くなっていた、というか、落ちた時点で即死だったんじゃないですか。どっちにしても寝覚めの悪い話ですよ」

「いやあ、五〇二号室に出入りしていたなんて、知らないも何も、溝口さん自身を知りませんからね。私なんかの場合、二階以外の階へ行くこと自体ありませんし、どういう方が住んでいるかもわかりませんよ。隣は何をする人ぞってやつですか」

「恨みを持つ人物と言われてもねぇ……溝口さんを知らないんですから、彼の交遊関係なんか知るわけないですよ。あっちの関係がお盛んだった? 羨ましい。いやはや、私も早く結婚して、もっと広い部屋に住みたいと思ってるんですが、こう給料が安くちゃねぇ。婚活なんて、とてもとても」

「コスプレ? ああ、アニメに出てくる人物のマネをするやつですね。さあ、ニュースか何かで見たことはありましたけど、この建物で実際にそういう服を着ている人を見たためしはないですね。溝口さんがそうだったんですか、はあ。あの格好なら真面目に就活でもしていたのかと思ったんですけどねぇ」

 

 

〈同じく第一発見者・マンション管理人、藤沢雅紀(ふじさわ まさのり)の証言〉

 

「どうも、こんなに遅い時間までご苦労さまです。ああ、お茶もお出しせずに申し訳ありません。え、よろしいんですか?」

「さて、何からお話ししたらいいんでしょうか……そうです、発見の経緯は厚木さんがおっしゃってたとおりです。預かっていた荷物を渡している最中に何か音が聞こえて、二人で様子を見に行ったら……」

「突然の出来事に驚いてしまって、怪しい人がいたかなんてまったく気にする余裕がありませんでした。お役に立てなくて申し訳ありません。あ、でも、防犯カメラには怪しい人なんて写っていなかったんですよね? 私も詳しくは見ていませんが……」

「ああ、これらの人形ですか? 何でも中国のお土産だと聞きましたけど。前任の管理人さんが商社マンの息子さんから譲り受けて、ここに飾ったらしいんですが、お辞めになるときに置き去りにしたというか……何しろ人形ですからね、勝手に捨てたりしたら祟られそうで、そのままにしてあります。気味が悪いといえばそうなんですけど」

「管理人を任された経緯ですか。一昨年にそれまで勤務していた会社を解雇されてしまい、再就職先を探しているときに、ここの求人広告を見て応募しました。ええ、その前任の方が辞めると会社側に申し出たあと、すぐに後任を募ったようでして、いいタイミングで採用されました」

「いえ、そう退屈でもないですよ。今回のような宅配便や郵便の受け取りはあるし、買い物を頼まれることもあります。あとは共有スペースの掃除とか、蛍光灯を取替えたり植え込みに水をやったりと、こう見えてもいろいろと仕事がありますから。まだ独り者ですので家事もやらなくちゃなりませんし」

「ですから、ずっとこの部屋にいて人の出入りを見張っているわけではないので、不審者が入り込む可能性はなきにしもあらずですけど、そういった問題はこれまで一度もありませんね」

「そうなると、ここの人たちが疑われることになるのですね。残念ですが……溝口さんが住人のどなたかとトラブルになっていたかどうか、はっきりとはわかりません。苦情というのはステレオの音がうるさいとか、そういう類の話ですよね? だとしたら、私のところに持ち込まれたためしはないですね」

「女性関係ですか。そこらはプライベートなことなので申し上げにくいのですけど……深いおつき合いをしている方たちが住んでいるのはたしかですが、住人同士がつき合ってはいけないというルールはないので、暗黙の了解といいましょうか。そのあたりは直接ご本人たちに訊いていただけますか」

「五〇二号室については気になっていましたが、社長の方で許可されているのだとばかり思っていました。何といっても、ここは溝口城ですから、誰も城主には逆らえない。そうお考えくださって結構です」

                                ……❺に続く