終章
すっかり暗くなった空の下、吹きすさぶ木枯らしに、オレは思わずジャケットの襟をつかんでかき合わせた。
「うえーっ、寒い。川崎も寒いけど、都内もメチャ寒い!」
「こんな夜はおでんに熱燗で一杯ね。ちょっと寄って行く?」
「行く行くっ! もちろん奢りだよな」
「こういうときだけ調子いいんだから」
おでん屋を目指す道すがら「すべての女は女優か。たしかにそうだよな、虫も殺さぬ顔で虫を殺して人殺しも、だもんなぁ」と漏らすと、先生は呆れたようにこちらを見た。
「今さら何を感心しているのよ。これだから男は女に比べて進化の遅れた下等動物なんて言われるんじゃないの」
「誰が言ったんだよ?」
「アタシよ」
なあんだと肩をすくめると、先生はなおも持論をぶち始めた。
「お嬢サマってのはたいてい食わせ者なのよ。こいつはオレが護ってやるなんて、ちゃんちゃらおかしいわ。アナタに頼らなければ生きていけない、そんな甘ったれたことをほざく女に限って、計算高くてしたたかなものよ。だいたい、男は女に対して幻想を抱き過ぎなのよ。彼女は天から舞い降りた可憐な天使だとか、花畑で蝶とたわむれる妖精だとか、窓辺にたたずむ儚げな乙女だなんて、男が作り出したファンタジーに過ぎないんだから」
「いや、誰もそこまでファンタジーしていないと思うけど」
「女の方も白馬の王子様なんて口にするけど実際はずっとシビア、時代の流れがわかっているし、現実をよく見ているものよ」
「そんなもんかなー」
「女は強い。そうでなけりゃ厳しい世の中を生き抜いてはいけない。男だけが幻想の空間に取り残されて、まぬけヅラを晒し続けるのよ」
暖かな光を放つ赤ちょうちんが見えてきた。思わず早足になるオレの後ろで「曰く『居丈高で、小賢しく、したたかな者、汝の名は女なり。小心で、愚かしく、憐れな者、汝の名は男なり』ってね」と、先生は高らかに謳い上げた。
「それ、どこの偉い人が言ったの?」
「アタシよ」
──了