MY MEMORANDUM

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オカマの王子様と時雨の森の幽霊館 ❿(最終章)

  Ⅸ  大団円

 

 しばし沈黙が続いた。

 そんな重苦しい沈黙をやぶったのは三島先生だった。

「総一朗くん。今、キミが思っていることをここで話してくれませんか?」

 サッと緊張が走る。

 総一朗は顔を上げると全員を見まわした。その顔は探偵モードの表情だった。

「じつは昨夜の不可解なできごとがずっと引っかかっていました」

 歌純が書斎の中からの物音を聞いたこと。

 謎の白いものを見たこと。

 閉めたはずの金庫の扉がもう一度開いていたこと。

 中の宝石はそのままだったこと。

「いったい、これらは何を意味しているのかと」

 金庫の扉は勝手に開いたのでもなければ、幽霊が開けたのでもない。人の手で開けられたのだと、総一朗は言った。

「隠しておいたはずのサファイアがなくなったとわかって、それらのできごととのつながりが見えてきました。犯人はずっとサファイアだけを捜し求めていた。そうですね、薫さん」

「ええっ?」

 みんなの驚きの視線を一身に受けて、薫は大きくまばたきをした。

「あの、おっしゃってる意味が……」

「あなたは創くんたちの肝だめしが始まる前まで、この館に先生が宝石を持ち込んで、金庫に入れたとは知らなかった。先生はあなたにも内緒で持ってきたと話していましたからね」

(そうだ、先生が優勝チームには宝石をプレゼントすると言い出したのはあのときだったっけ)

「そのあと、客室にパジャマなどを配るために部屋を出た薫さん以外の全員が金庫の中の宝石を見せてもらいました。つまり、そこにサファイアはないと知らなかったのは薫さんだけなのです」

 金庫内にサファイアがあると思い込んだ薫は真夜中、書斎に忍び入って扉を開け、中身を確認した。

 ところが、そこへ運悪く歌純がやって来たため、扉を閉める間もなく逃げ出すはめになった。

(そうなんだ。あのときオレ、もしかして薫さんが宝石を見たくて、金庫を開けたんじゃないかと考えたんだ。薫さんだけが見ていなかったから……そんなバカな理由なんてないと思ったけど)

 犯人と呼ばれてもなお、薫は美しい表情をくずさず、黙ったままでいる。

「歌純さんが奥のドアから入ろうとしたのは手前のドア側にいた薫さんにとってラッキーでした」

 書斎に入る前に、アトリエに仕掛けてあったライトの装置を──創たちをビビらせたアレだ──回収しておいたのだろう。

 それを使って今度は歌純を驚かす。作戦は成功、歌純は叫び声を上げて、その場に座り込んだ。

 もちろん歌純は別のドアから出てきた人物には気づいていない。そのすきに階段を上がり、何くわぬ顔をして、みんなと一緒にかけつけたというわけだ。

「サファイアは金庫の中にないとわかったあなたはさぞ焦ったでしょう。ところが、それは暗号のネタとして使われており、すでに三島先生の手によって隠されていると気づくと、尚人くんたちに先を越されないよう、必死で暗号を解いた」

 うつむいた薫はエプロンのポケットから何かを取り出した。

 深い海のように青く輝く大きな石──

「母の形見でした。なのに、父が借金を返すために売ってしまい……あのとき、これを買い上げた宝石店の店員さんが作家になったと聞き、秘書を志願しました。買い戻すお金はありませんが、先生の手元にさえあればいいと思っていました。でも、先生はいずれ、この石を初恋の人にプレゼントしたいと私に話したのです。霧島瑞恵さんの誕生石がサファイアだからと……」

 

  エピローグ

 

「よーし、それじゃあ、サクサクッと行ってみましょうか」

「えー、ワタシも行かなきゃダメ?」

「何言ってんのよ。あなたがチームのリーダーでしょ」

「でも……」

 しぶる凛子の背中を総一朗が押して、尚人と創がそのあとに続く。

 帰る前にもう一度、アトリエの内部を確認したいと言い出した創に総一朗が賛成し、凛子と尚人も巻き込んで、四人で探検となったのだ。

「もうすぐお昼なんだし、大丈夫よ。ほら、とっても明るいじゃないの」

 たしかに肝だめしの時とは違い、カーテンから差し込む太陽の光が室内を薄く照らしてはいるが、それでも不気味な雰囲気は変わらない。

「まあー、気持ちが悪いといえばそうだけどさ。床の黒いシミなんて、どこにもないじゃないか」

 尚人の言うとおり、ワックスのはげた床板には傷や汚れこそ目立つものの、それらしきシミは存在しなかった。

「おかしいなあ……オレの見間違いだったのかな」

「そうだよ。なんたって、ヘタレでビビリだからな、創は」

「るせーよ。何度も言うなよ」

 霊感少女の凛子はどういう反応を示すかと見ると、

「何かの気配は感じるんだけど……今はここじゃないって気もする」

「やっぱり気のせいかぁ。何かすっげぇ損した気分だな」

「これで気がすんだだろ、早く帰ろうよ。良太たちなんか、とっくに帰ったし」

 納得がいかないまま、創はアトリエをひきあげた。

 それから三島先生と薫に、

「お世話になりました」

と、あいさつをすませた四人は玄関先まで見送られながら、幽霊館をあとにした。

「よかったよな、薫さん。秘書をクビにならなくてさ」

 笑顔で手をふる薫の様子に、安心した創がそう言うと、三人のチームメイトたちはたちまちおしゃべりを始めた。

「めでたし、めでたしね」(総一朗)

「だいたい、薫さんの大切な形見の品とも知らないで、ウチのお母さんにプレゼントしようとした先生が悪いのよ」(凛子)

「大丈夫よ。叔母さまは叔父さまにゾッコンだもの、ほかの男性からのプレゼントなんか受け取らないわよ」(総一朗)

「そうよね。それに、薫さんみたいにキレイで優しくて、お料理も上手な秘書なんてどこにもいないし、辞めさせたりしたらバチが当たるわ」(凛子)

「あのさ、昨日も言ったけど、男の人をキレイとか、才色兼備みたいな言葉で形容するのって、すっごくまぎらわしいんだけど。そのためにハンサムとか、イケメンって言葉があるだろ」(尚人)

「あら、いいじゃないの。アタシだって、キレイねって言われるのはとってもうれしいわ~」(総一朗)

「そりゃあ、総一朗さんは……」(尚人)

「何? 何か言った?」(総一朗)

「いえ、別に……あ、そうだ、創が弟子にしてくれって言ってますけど」(尚人)

「そうそう、オレ、総一朗さんの名探偵ぶりに感激しました。ぜひ弟子にして、謎解きの極意を伝授してください!」(創)

「創くんは記憶力とか、ひらめきがすごかったわよね。アタシが伝授しなくても、じゅうぶん名探偵になれる素質があると思うんだけど……」(総一朗)

「えー、ほめてもらえたのはうれしいけれどな」(創)

「だったら探偵助手でどうかしら? ホームズのワトソンみたいな存在よ」(総一朗)

「わーい、やった! よろしくお願いします!」(創)

「じゃあ、ワタシも助手にして。いいでしょ、テンちゃん」(凛子)

「はいはい」(総一朗)

「うれしい~。ワセリンって、何かいい響きね」(凛子)

「いや、だから、ワセリンじゃなくてワトソン。ワセリンは中学の理科第二分野・上で植物の蒸散の実験に使う薬品」(尚人)

「やるなあ、凛子のおとぼけギャグ。オレを超えてるぜ」(創)

 玄関から門へと通じる道を歩きながら、ワイワイガヤガヤとにぎやかにおしゃべりを続ける創たち。

「尚人くんもワトソン仲間になりましょうよ、ね?」

「う、うん」

 凛子の誘いに、尚人は少し恥ずかしそうな顔で総一朗を見た。

(へへ~、尚人のヤツ、照れてやんの)

 総一朗に対して、あれだけライバル心を燃やしていた尚人もすっかり仲良くなり、探偵助手入りを決めたようだ。

 カルトクイズに推理対決、肝だめしに暗号解読、そして幽霊騒動。

 幽霊館という非日常の空間で、とんでもない事件に遭遇したことや、さまざまな試練を乗り越えて、四人がチームメイトとして、仲間として結束した、そんな感じがした。

(オレたちもめでたし、めでたしだな)

 その時、何かの気配を感じたらしく、ふり返った凛子が顔色を変えて足を止めた。

「どうしたの?」

「あ、あそこ……」

 玄関先にたたずむ二人のほかに、建物にはもう誰も残っていないはず、だが? 

 凛子の指さす方向、三階の窓から何かが外をのぞいている。

 そこにはニヤニヤと笑う、血まみれの男女三人の顔が──

「うっぎゃあ~っ!」

                                  おわり