Ⅱ いざ、幽霊館へ
四月二十五日、土曜日。パーティー当日になった。
パーティーという以上はそれなりのかっこうをしなければならないだろうと思っていたら、服装は平服でオッケーとか。
それを聞いて安心した創は赤いチェックのワイシャツにジーンズ、スニーカーをはいて、待ち合わせ場所である学校の正門のところに立っていた。
今日の天気もすばらしく快晴で、太陽が南からわずかに西へと傾き始めた今の時刻は午後二時。一番乗りだ。
キョロキョロしているうちに、尚人がやって来た。
「何だよ、おまえ。おもいっきりふだん着じゃないか」
そう言う尚人はクリーム色のシャツにえんじのネクタイ、グレイのベストとズボン、紺色のブレザーを着こんでいる。そのままピアノの発表会に出られそうなかっこうだ。
「だって平服で、って」
「平服って言われても、略装レベルの服装をするのがパーティーのマナーってものだよ」
「えー、マジで! どうしよう」
「まあ、小学生を招待するぐらいだから、そんなにうるさくは言わないと思うけど。それにしても今日は少し暑いな。上着脱いじゃおうかな」
ポケットからハンカチを取り出した尚人がひたいの汗をふいていると、凛子が母親と一緒に現れた。
ラベンダーの花のような薄紫のワンピース姿はいつもより数倍カワイイ。創と尚人はそろって見とれてしまった。
そのお母さんはというと、これまた美人で優しそう。三島先生の初恋の人というのも納得できる。
ところが、初対面のあいさつを交わしたあと、
「それじゃあお二人とも、よろしくお願いしますね」
そう言い残した凛子の母はさっさと引きあげてしまったのだ。
「あれ? お母さんもチームに入れるんじゃなかったの?」
「二十歳以上の人の参加が条件だろ?」
尚人と創の質問責めに、凛子はちょっと困ったような顔をした。
「参加するつもりだったんだけど、用事ができちゃったのよ」
「ええー、どうするんだよ」
「三島先生も残念がるぜ」
「大丈夫、ピンチヒッターを頼んだから。ちょっと遅れてくるけど待ってて」
とたんに凛子はニコニコと笑顔になった。
「ピンチヒッター?」
「とてもステキな人で、ワタシの憧れなの。神明大の二年生だから、二十歳以上って条件もクリアしてるでしょ?」
まさか……創はこの前出会った、あの人物を思い浮かべた。
(ありえる……いや、絶対にそうだ)
そうとは知らない尚人、
「えっ、神明大学って名門じゃないか」
「そうなの。それに、えっと、何ていうんだっけ? ほら、イモケンピに似ている、何とかケンピ」
「芋けんぴ?」
いったい何のことだろう。
いきなりトンチンカンなことを言い出した凛子に、創と尚人は顔を見合わせた。
「芋けんぴって、サツマイモのフライドポテトバージョンみたいな『かりんとう』じゃなかったっけ?」
「ううんっと、そうじゃなくって、キレイで頭もいい人のこと」
そこでピンときたらしく、尚人がそろりと尋ねた。
「もしかして才色兼備?」
「そうそう、それ」
「うわー。その間違い方って、ケンピとケンビがかぶってるだけだしー。無理ありすぎ」
あきれ返った創はそれから、
「尚人、よくわかったな」
と、感心した。
「ああ。いつもおまえのまぬけなコメント聞いて慣れてるから」
「……あ、そう」
「まさか凛子も創と同じく、おとぼけギャグをかます人種だったとはね。とにかく、創には凛子を笑う資格はないから」
クールに苦笑いをする尚人に、創は心の中で毒づいた。
(チェッ、尚人め。才色兼備に期待しまくってるくせに、カッコつけてんじゃねーよ)
神明大在学中という才媛かつ、超美人の登場をドキドキしながら待っているであろう尚人が本人を目の前にして、どんな表情になるかと想像すると、たまらなくおかしい。これは見ものだ。
創の予想は的中した。
やがて到着した赤い車、その運転席からとびきりの美男子が現れたのを見た尚人は魂が抜かれたかのようにボー然となった。
(やった! 驚いてる、驚いてる)
才色兼備がまさか男だったなんて。
美人女子大生登場への期待が打ち砕かれたばかりか、憧れの人と呼ばれていたのは超イケメンだったと知った尚人のショックが手に取るようにわかる。
創が笑いをこらえていると、尚人は凛子の方を向き直り、
「あのさ、才色兼備ってのは女の人を形容する言葉だよ」
と、イヤミな口調で間違いを指摘した。
凛子のハートをとらえる恋のライバル出現がそうとう気にくわないらしい。
「え、でも、テンちゃんが自分で……」
そこで、噂の才色兼備が三人に笑顔を向けた。
「お待たせ~。叔母さまには連絡しておいたから聞いてると思うけど、出がけに車がトラブッちゃったのよ。すっかり遅くなってごめんなさいね」
さっきからムッとした顔で総一朗をにらんでいた尚人がひっくり返りそうになったのを見て、創はとうとう吹き出した。
(それにしても、すげーファッションセンス。どこにそんな服売ってんだよって)
キラキラとスパンコールのついたロイヤルブルーのジャケットに黒のワイシャツと白いネクタイ、スラックス。
そこに白のエナメルシューズをはいた奇抜な姿はまるでマジシャンか演歌歌手のよう。ニューヨーク公演に出演中というならともかく、日本の地方都市においてはどうにも場違いである。
「テンちゃん、こちらは浅木尚人くん」
凛子が初対面の総一朗と尚人をそれぞれに紹介すると、総一朗はよろしくとあいさつしたあと、
「創くんがワイルド系なら、尚人くんはアイドル系美少年ね。で、勉強は学年でトップってとこかしら?」
と、言い出した。
あっけにとられていた尚人だが、気を取り直したように尋ねた。
「どうしてわかるんですか?」
「それ、今あなたが持っているハンカチよ。英才塾のマークがついてるでしょ? アタシも元塾生だからよく知ってるんだけど、入塾の記念品として配られるようになったのはたしか、去年からよね。あそこの塾はレベルが高くて、頭のいい子しか入れない。いたって簡単な推理よ」
「は、はあ……」
気勢をそがれた様子の尚人はチラリと創を見て、恨めしそうな表情をした。
総一朗が創くんと呼んだからには、顔見知りだったことは聞かなくてもわかる。
ピンチヒッターの正体を知っていたくせに黙っていたのかと言いたげで、うしろめたくなった創はつい、目をそらせてしまった。
(それにしてもこの人、観察力鋭いよな。オレなんか、尚人がハンカチを出したところから見ていたのに、マークがついていたなんて、まったく気がつかなかった)
「さて、それじゃあ行きましょうか」
真っ赤な車は助手席に凛子、後部座席に創と尚人を乗せると、幽霊館をめざして発進した。
車が動きだしてしばらくしたのち、何を思ったのか、尚人はハンドルを握る総一朗に、挑むかのように問いかけた。
「あの、天さん」
「天さんは変ね。テンちゃんでいいわよ」
「じゃあ総一朗さん、失礼ですけど、男性ですよね? どうしてそんな、女の人みたいな話し方するんですか?」
(いきなりかよ!)
自分も質問したかったけれど、触れてはいけないことのような気がして黙っていたのだ。それなのに……
ストレートに切り込んだ尚人に、創は焦った。
すると凛子までもが、ワタシも知りたかったと言い出した。
「ワタシたちがテンちゃんの家のそばに引っ越したのは四年生の春休みで、そのときにはもう、そういう言葉づかいだったのよね。小さいころに会った記憶がないんだけど、いつからそうなったのかなって」
(そうだ、凛子は五年の新学期からの転校生だっけ)
すると総一朗はドアミラーの中でニヤリと笑った。
「うふふ、知りたい? それはね、大人の事情ってやつよ。そうね、大人になったら教えてあげる」
「それじゃあ答になっていません」
いきり立つ尚人をなだめるように、
「だから、大人にならないとわからないことなの。あなたたちが二十歳になったら成人式当日に説明会を開くから、それまで楽しみに待っていたら?」
どうあっても理由を教えてくれる気はなさそうだ。
あきらめた尚人が小さなため息をつくのが聞こえた。
創は小声でその耳元に話しかけた。
「そりゃあ、オレも知りたいけどさ、この人はこれでいいんじゃないかな」
「オネエ言葉の人が凛子の憧れなんて、納得いかないけど」
そうでもないぜと言いかけて、創は言葉を引っ込めた。
◇ ◇ ◇
三十分かけて時雨の森の入り口に到着。その先に続く、枝葉がうっそうと茂る木々の間をぬうようにつくられた細い道はもちろん舗装などされていない。
そこからさらに二十分、ガタゴトと車体を揺らしながら進んだ車はようやく目的地周辺にたどり着いた。
公共の交通機関など通っているはずもなく、自転車では何時間かかるかわからない、こんなへんぴな場所への移動は車を使うしかない。
チームに一人ずつ大人を参加させるのは運転ができる人を含むということだったのかと、創は納得した。
「このあたりに臨時の駐車場があるって、図には描いてあるけれど……」
前もって渡されていた案内図と現地を見比べながら、そろりそろりと車を動かしていた総一朗が前方を指さした。
「あ、あった。あそこだわ」
そこは駐車場というより、たまたま大きな木が生えていないだけの、森林の中にぽっかり空いた場所、小さな草原だった。
広さは学校のグランドの五分の一もなく、地面は背の低い雑草にびっしりおおわれている。
ロープなどによる区切りは何もないが、白い大型車とグレイの軽自動車、それに黒いワンボックスカーの合計三台が行儀よく並んで停まっていた。
「どなたか先にいらしているようね」
黒い車の横に並べて駐車したあと、四人は車から降りて辺りを見まわした。
雑草についた露が足元をぬらす。森林独特の湿った空気があたりに漂って、かなり湿度が高いとわかる。
それにしても、さっきまで明るい太陽のもとにいたのに、この暗さはどうだろう。広葉樹の葉が天井を隙間なくおおっているかのようで、木もれびなんてほとんど差し込んでいない。
尚人が寒いと言って、脱いでいたブレザーをはおった。
いっきに夕方になったような、いやそれよりも、今にも雨が降り出しそうなくもり空になってしまい、凛子がそんな空を不安げに見上げている。
霊感が強いと話していたけれど、この瞬間にも霊の存在を感じとっているのだろうか。
当人には気の毒だけど、そういう体質でなくてよかったと思っていると、総一朗だけは平然として、
「こんな場所によく住むわよねぇ。洗濯物が乾かないじゃないの」
と、ケチをつけた。
「それはやっぱり乾燥機があるんじゃ……」
仮にも、幽霊館と呼ばれる建物のベランダにタオルや靴下、パンツなんぞがひらひらしている様子は想像がつかない。
「そりゃそうかもしれないけど、たまには太陽光に当てて、しっかり殺菌するべきよ。布団だってそう。乾燥機まかせじゃあねぇ」
またしてもオバちゃんのような物言いをした総一朗は先に立って歩き始めた。幽霊館そのものは臨時駐車場から少し歩いたところにあるのだ。
やがて、どんよりした空をバックに、幽霊館が姿を現した。
鋭角にとがった薄墨色の屋根、灰色のレンガをあしらった壁、どの部屋も濃紺のビロードのカーテンが黒い枠の小さめの窓を内側からおおい隠している。
三階建てという大きさからも、ヨーロッパの田舎の家にありそうなデザインからも、清里あたりのプチホテルに見られる種類の建物なのだが、何しろ色合いが悪い。
これがもしも白い壁やオレンジ色の屋根だったら印象は悪くないのだろうが、黒っぽい色ばかりを使った、いかにも陰気な感じのする建物は暗い空に同化して、そのまま溶け込んでしまいそうだ。
壁をつたって、伸び放題に伸びている深緑色の蔦の葉も怪しさ、不気味さを倍増させているし、屋根の先端にはなぜか十字架ふうのオブジェが乗っていた。まるで廃墟になった教会のようだ。
こんな建物がプチホテルだったらとんでもない。着いたとたんに、お客は仰天して逃げ出してしまうだろう。
「うわ、マジで洋風のお化け屋敷だ」
創は思わずつぶやいた。
柳に火の玉、カラカサ、破れちょうちんにろくろ首などなど、和風のお化け屋敷とはまた違った不気味さが漂っていて薄気味悪い。
ハロウィーンのカボチャ、トンガリ帽子の魔女、吸血コウモリにミイラ男といったキャラクターが似合いそうなこの建物、某テーマパークに移築してみたらどうだろう。
「実物を見るのは初めてだけど、噂以上に気味の悪いところだね」
さすがの尚人も神妙な顔でそんな言葉をもらすと、凛子がブルッと体をふるわせた。
「いるわ……いる!」
「えっ」
ギョッとしてそちらを見る。
尚人が頬を引きつらせながら、
「いるって……もしかして?」
と、こわごわ尋ねると、凛子は青ざめた顔で続けた。
「気配を感じる……怖い……」
(うわーっ、マジでヤバくねえ?)
霊能者のお供をして、心霊スポット取材中のレポーターになった気分だ。
勢いでやってきたはいいが、ここにきて尻込みしそうな自分にムカッ腹が立つ。
「あっ、あそこ! 黒い影が」
「ギェ~ッ!」
凛子の言葉に反応した創は飛び上がり、となりにいた尚人にしがみついた。
「な、何やってんだよ!」
大騒ぎする創をとがめる尚人の声もどこか上ずっている。
そんな三人を見た総一朗はあきれた様子で、
「もう。凛子ったら、おどかさないでよ」
と、従妹をたしなめた。
「でも……」
「そう簡単に幽霊とご対面はないでしょうし、いざとなったら、このアタシがついているから平気よ。さあ、行きましょうか」
子どもたちを励ますように言ったあと、総一朗は先に立って門の方へと近づき、三人も引きずられるように続いた。
れっきとした成人男子だが、その体格ではとうてい腕っぷしは強そうには見えない。しかも、中身はオカマだ。
それなのに、なんだかたよりがいがある。この人がいれば大丈夫だと思える。総一朗にはそんな、ふしぎな魅力があった。
ちょっぴり安心した創は総一朗のやせた背中を見上げた。
「あそこが入り口ね」
目の前には鉄でできた門扉がそびえ立ち、その敷地も高い鉄製の柵でぐるりと囲まれている。どちらも深緑色をした古びたもので、ところどころに赤茶の錆が浮き出ていた。
門扉を押して中に入ると、英国庭園を模した庭が視界に広がる。
ここは本来なら色とりどりのバラが咲き乱れているところだろうが、バラの代わりに雑草が伸び放題と、すっかり荒れはてていた。
庭の中心には大理石でできた噴水があるのだが、水は枯れたまま。白い大理石も薄茶色に汚れてみすぼらしくなっている。
建物の前に到着した。
大げさなほど頑強なつくりの黒い扉にはこれまた鉄製のノッカーがついている。
総一朗がそれに手をかけ、コンコンと音をたてると扉が内側から開き、続いて柔らかな優しい声が聞こえてきた。
「どうも、遠いところをよくお越しくださいました」
現れた人物の年齢は三十歳前後、細身の身体に白いシャツをまとい、黒いカフェエプロンをかけた、地味でシンプルながらもスマートな装いで、白い肌と、ひとつにたばねた長い黒髪が衣装に合っている。
「薫さん? あー、よかった」
幽霊ではなく生きた人間──顔見知りの登場によって緊張状態から開放されたらしい。
凛子はホッとした様子で声をかけ、それから創たちの方をふり向いた。
「先生の秘書で大東薫(だいとう かおる)さん。探偵団の活動でお世話になっているのよ。キレイな人でしょ?」
「うん、まあ……たしかに」
「ねえ、薫さん、ワタシたちが一番乗りじゃなかったんですよね?」
さっきの駐車場に停めてあった車はそれぞれ誰の所有なのか。
すると薫はニッコリとして、
「良太さんたちがいらしてますよ。三十分ほど前に、お着きになられました」
と、答えた。
「あいつらか。やけにはりきってるなぁ」
白い車は三島先生、グレイの軽は薫、黒い車が良太たちの乗ってきたものらしい。
「さあさあ、皆さんお疲れでしょう、どうぞ中へお入りください」
薫の言葉にうながされるまま、凛子チーム一行はぞろぞろとあとに続き、ついに幽霊館の内部へと足を踏み入れた。
個人の家にしては広すぎる玄関の右側は飾りだなになっていて、そこに額縁が掛けてある。時雨の森近辺の風景を撮ったものだ。
左側は作りつけの大きな靴箱が天井に届く高さまでそびえ、三分の一ほどの面積に鏡が張ってあった。
さっそく、収納し放題の靴箱に脱いだ靴を入れ、用意されたスリッパにはき替える。
建物内は想像していたとおり、薄暗くて陰気な雰囲気が漂っていた。何だか湿っぽくて、カビ臭い気もする。
二十年前の、閉ざされてしまったその日から、時間も空気の流れすらも止まった、そんな感じだ。
玄関から奥へとまっすぐに伸びる廊下は幅が二メートル近くもあり、廊下というよりはホールと呼んだ方がよさそうだが、広さのわりに照明が暗い。
足元を照らすのはとびとびについている、ロウソクの形をした電球のみで、薫を先頭に総一朗と凛子、創と尚人とで二列になると、こわごわ進んだ。
左右の壁には油絵がズラリと並べて掛けられ、ところどころに得体の知れない彫刻とか、小さな子どもがすっぽり入れそうな、大きな壷なんかが飾ってある。
これではまるで美術館だと、創はあきれながらも感心した。
そうだ、ちょっと前に観たファンタジー映画のワンシーンにも、こんな感じの廊下が出てきたっけ。
絵画のほとんどは西洋の人物画で、十八世紀のファッションに身を包んだ貴婦人が羽根の扇を手にして微笑んでいる構図など、かなり古い時代に描かれたものだとわかる。
先の映画では絵の中の人物が動いていたのを思い出して、創はゾッとした。
もしかしたら、ここに描かれた人々もこっそり動くんじゃないのか。この不気味な館の中でなら、じゅうぶんありえる。
(あー、やだやだ。気味悪すぎ~)
どうせなら絵柄も色調も、もっと明るいものを飾って欲しい。暗すぎて気分が滅入るばかりだ。もっとも、だからこその幽霊館なのだろうが。
(こんな暗いところに住んでるから、殺人だの幽霊だのって、陰気なことばかり起こるんじゃねえのか。人間、もっと明るく生きるべきだぜ。うん、そうだそうだ)
ヒタ……
(えっ、何?)
ヒタヒタ……
ふいに、何かが肩に触れた。
良太あたりがおどかそうと、あとをつけていたのかと思いきや、
「ギャーッ!」
とつじょ発せられた創の叫び声に、残りの四人は驚いてこちらを見た。
「どうしたの?」
「だ、誰かが……うしろ……」
創は震える手で自分の左肩を指さした。
そこには白くて細い指先が乗っていた。どう見ても良太のものではない。
「まさか、まさか、幽……」
「なんだ、おどかすなよ。人形だよ、人形。こんなものでいちいちビビるなよ」
そう言って、尚人は創の肩に乗った指を平然と払いのけた。
「人形?」
ふり返ると、創と等身大のフランス人形が真っ白な顔でこちらを見つめていた。
「うへ~。マイッたな」
「騒ぎすぎだよ、まったく。ワイルドとか、イケメンヒーローっぽいなんて言われてるけど、見かけによらずヘタレでビビリだもんな、創は」
言いたい放題の尚人に、ムカつくけれど反論できない創はくちびるをとがらせた。
壷は目についたけど、人形の存在にはまったく気づかなかったとあって、何だかきまりが悪い。
「そんなに責めちゃあ、かわいそうよ。ここまで大きなサイズの人形があるなんて、知らなかったわ。見たことないもの」
総一朗が創をかばう発言をすると、
「驚かせてもうしわけありません」
薫がそうわびたあと、この建物内にはこういった骨董品、アンティークのたぐいがあちらこちらに置かれているので、どうか気をつけてくださいと付け加えた。
壁に飾られた絵も含めて、骨董品の蒐集は初代館主の趣味らしいが、それがそのまま現在まで受け継がれているのだ。
それにしてもだ、これらがどれだけ値打ちのあるものか知らないが、置き場がなくなるほど買い漁らないでくれ。廊下にぞろぞろと並べ置くなんて論外、じゃまなだけだ。
「こちらが集いの間です。皆さんお待ちですのでどうぞ」
(集いの間……リビングみたいなもんかな)
殺人現場となった部屋ではないのはたしかである。
ブロンズ色のドアノブを引いた薫は中へ入るよう、四人をうながした。
……❹に続く