MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

オカマの王子様と時雨の森の幽霊館 ❶

  プロローグ

 

「うわー、あと十分っ!」

 見慣れた通学路の景色がビュンビュンとうしろに飛ぶ。

「やっべー、間に合わねえっ!」

 ギシギシきしむランドセルの中で、カンペンケースがカタカタと音をたてる。

 夜遅くまでゲームに興じて寝坊したせいだが、六年生に進級してまだ二週間しかたっていないのに、五度目の遅刻とはいただけない。

 創は必死になって走り続けた。

 幼稚園時代から通っているスイミングスクールできたえたこの体、かけっこには自信があるけれど、これだけ長く走っていると、さすがに息が上がってくる。

「あー、もう、足が動かねえよ~」

「創くん、加瀬創(かせ はじめ)くん」

 弱音を吐き散らしていた創が驚いてふり向いたところ、うしろからするすると近づいてきた真っ赤な車がピタリと停車した。

 セダンのスポーツタイプだが、それにしてもド派手な車だ。自分の名前を呼ぶ声はそこから聞こえたのだが、いったいなぜ? 

「えっ、もしかして?」

 車の窓から顔を出して手招きしている少女が見えたとたんに、背筋がシャキンとなる。

「早く乗って!」

 言われるがままに後部座席へ乗り込み、やれやれと息をつく。地獄で仏とは、まさにこういう状態を表すのだろう。

(まさか朝一番で会えるなんて、しかも車に乗せてもらえるなんて、オレってばツイてるじゃん! 遅刻も悪くないよな)

 顔がニヤけてくるのをこらえていると、となりに座った少女はクスッと笑いかけた。

「五回目の遅刻にならなくてよかったわね」

「ああ、サンキュー。助かった」

 肩まで伸ばした黒い髪に大きな瞳も黒くて、色白で着物が似合いそう。

 まるで日本人形みたいな霧島凛子(きりしま りんこ)は六年二組の女子で三番目にカワイイと、創は密かに思っている。

 いや、ルックスでは三番目だけど、好感度はナンバーワンだ。誰にでも優しくて絶対に意地悪はしない。ちょっととぼけていてマイペースなところがあって、単独行動をとるのも平気。人間のメスという生き物にはめずらしいタイプだ。

 それゆえに、すぐに仲間同士でつるみたがる女子たちからすると理解できない存在らしくて、陰で「異星人」なんて呼ばれているけれど、裏にまわって友だちの悪口を言い合っているよりもよっぽどいいと思う。

「凛子も遅刻? 珍しいね」

「ゆうべ夜ふかししちゃって。あ、そこ右折でお願いしまーす」

 凛子の呼びかけに、創はようやく運転手の存在を意識した。霧島家の誰が運転しているのだろうか。

 そうだ、あいさつもなしに乗ったまんまだ。何て失礼なヤツ、娘のボーイフレンド失格だなんて思われたらどうしようと、あわてて運転席を見てビックリした。

(めっちゃカッコイイ!)

 車を運転していたのは二十歳ぐらいの若い男だった。それもかなりの美男子で、長い栗色の髪にはゆるいパーマがかかっている。日本人離れした顔立ちはイギリスあたりの若手俳優といったイメージだ。紫のシャツの胸元にはシルバーのネックレス、サングラスを頭の上に乗せたスタイルがまたキザッぽいけれど、ここまで美形だと似合っているので許される。

 それにしてもこのイケメン氏、年齢からいって凛子の父ではなさそうだし、兄がいるとも聞いていない。

(この人って、いったい誰なんだ? 凛子とどういう関係? まさか、齢の離れた彼氏とか……)

 二十歳と十二歳。今の段階では無理っぽいけど、八歳違いの夫婦なんてざらにいる、などと想像していると、

「ねえ、凛子ったら。となりの美少年、早く紹介しなさいよ」

 ルームミラーの中の瞳が凛子を軽くにらみつけ、次に創を見てニッコリ笑った。

(えっ、今、この人がしゃべった?)

 創は耳を疑った。思ったより高い声。しかもしゃべり方がオバちゃんぽい。

「ご、ごめんなさい」

 凛子がすまなそうにすると、イケメンはハンドルを右手に任せて、離した左手を横に数回ふった。

「いいわよ、もう。こうなったら自分であいさつしちゃうから。初めまして、アタシは凛子の母の姉の子、つまりイトコで、天総一朗と申します。よろしくね」

「は、はあ」

(テンソウイチロウ? 変わった名前だな)

「ウチと凛子の家とは近所で、今朝は遅刻しそうでヤバイってんで送迎頼まれたのよ。講義が午後からでよかったわ」

 彼氏ではなく従兄だとわかり、創はホッとしたが、同時に奇妙な感じもした。

(どう見ても男の人なんだけど……何だかなぁ)

「あなた、スポーツ万能で特に水泳が得意でしょ? いい肩してるもの、水泳を長くやっている証拠ね」

「あ、はあ、まあ」

「それにしてもイイ男ね~。六年生の中でも一、二を争うんじゃないの? うふふ、超ラッキー」

 顔に似合わぬおしゃべり好きで、しかも自分のことをオレとかボクではなく、アタシと称している。

 こういうしゃべり方をする男の人なんて、テレビの中でしか見たことがないけれど、たしかオネエ系とか何とか呼ばれていたっけ。最近、芸能界で増えたタイプだ。

 それを昔ながらの言葉で言い表すならオカマ。

 そうなのだ、凛子のイケメン従兄・天総一朗はなんとオカマだったのだ。

 車が若葉台小学校の正門前に着いた。

 ありがとうと礼を言う二人に、

「じゃあ、またね~」

 軽い調子で答えた総一朗の車はまたたく間に走り去った。

「ステキ……」

 凛子のつぶやきを聞きとがめた創が、

「何か言った?」

と、尋ねると、凛子は恋する乙女よろしく、うっとりとした目つきになっていた。

「テンちゃんってステキでしょ?」

「テンちゃん? 今のイトコの人?」

「ええ。キレイで賢くて、ワタシにとって理想の王子様なの」

 ガガーンッ! 

 雷に打たれたようなショックが創を襲った。

 たしかにイケメンで、キザな格好もサマになるけれど、よりにもよって……

(ライバルはオカマかよーっ!)

                                ……❷に続く