MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

ガーネットの慟哭 ❷

    Ⅱ

 宮城真希との対面は早々に実現した。高林が連絡をとったところ、夜でもかまわないのなら今夜にでもという返事があり、キャンパスの近くで夕食を済ませた三人は小田急線に乗り込んだ。

 結婚当初は川崎市内に住んでいた夫妻だが、それぞれが横浜の中心部にある会社に勤務しているため、横浜市内にある高級マンションに引っ越したとのことで、南武線、東急東横線と乗り継ぎ、最寄りの綱島駅に着いたのは午後七時。

 五階建てマンションの四〇三号室では勤めを終えて帰宅していた真希がラフなジーンズ姿で出迎えた。夫はまだ帰宅しておらず、遅くなるという連絡が入ったと聞かされた。

 リビングに通されたあと、高林の紹介でそれぞれが挨拶を交わす。ゆるいウェーヴのかかった髪を揺らして会釈する真希は三年前よりもさらに美しさを増していた。モデルよりは女優タイプだ、写真で見るよりずっと美人だと創は思った。

「急に押しかけてきてごめんなさいね」

 オカマ教授のキャラについてはあらかじめ聞かされていたからか、真希は驚く様子もなく受け答えをした。

「いえ、滋くんに話を持ちかけたのは私の方ですから。今、お茶をお持ちします」

「あら、どうかおかまいなく」

 真希がキッチンへと立った隙にと、総一朗は遠慮なく室内を眺め回し、創も同様にお部屋拝見を行う。

 高級家具を揃え、間接照明を施したモデルルームのような、オシャレですっきりと片づいたリビングはどこか冷たさすら感じる。あっさりしすぎて本当に新婚家庭の部屋かと思われるほどで、総一朗も同じことを感じていたらしく、こちらを見て目配せした。

「お待たせしました」

 グレーのソファ手前のテーブルに紅茶の入ったカップを三客並べたあと、席に加わった真希は「事件が起きたときも片平くんが犯人だなんてとうてい信じられませんでしたけど、本人が認めたってことで無理やり納得していたんです。それが今になって否定していると聞いて、やっぱり当時の判断が間違っていたんじゃないかって」と告げた。

 遠慮なくいただきますと言って紅茶を一口飲んだあと、総一朗は落ち着いた口調で切り出した。

「片平さんが犯人でなければ、第三者というべきか、新たな容疑者の存在を示す決定的な証拠が出てこない限り、あなたやご主人を含めた、研究室の残りのメンバーを疑うことになるけど、それでもいいの?」

「そうなるけれど、仕方ありませんね」

「じゃあ、当事者である二人も含めて、皆さんの交友関係を訊いていいかしら」

「はい、お答えできることなら何でも」

「二人は仲が悪かったと聞いたけど、ふだんからぶつかるような場面があったの?」

「いえ、そういう感じではなくて……小塚くんにとって片平くんはストレスの捌け口だったみたいで、しょっちゅういちゃもんをつけられていましたが、おとなしい人でしたから我慢していました。仲がいいとは言えませんけど、二人がもめるなんて滅多にありませんでした」

「小塚さんの方は評判が悪かったみたいね。ご主人や他の同級生たちとの関係は?」

「小塚くんはお調子者で、みんなと仲良くしているように見えますが、実際には孤立していました。片平くんは地味で目立たなくて、敵も味方もいなくて……主人の場合、片平くんとは特に親しいわけではないけど、小塚くんとは卒論用の研究のチームを組んでいたから、それなりにつき合いがありました」

「まあ。だとすると、困ったんじゃないの? 実験も一人、卒論も一人で仕上げなきゃならなかったでしょう」

「そうですね。何とか乗り切ったと話していましたけど」

「それで、あなた自身はどうだったの? 二人とも普通の友達だった?」

「えっ? ええ、まあ」

 一瞬、真希が言いよどんだのを総一朗も、創も聞き逃さなかった。

(普通の友達じゃなかったってことか)

「ご主人とは当時からおつき合いを?」

「研究室に入室したときは友達同士でしたけど、四年の後期に入ったあたりから一応」

「結婚を決意した、その決め手はなあに?」

 少しばかり困ったような表情を見せた真希は「さあ、何だったんでしょうか」と言葉を濁したが、この質問に気を悪くしたらしい。

「私たちの結婚が事件に関係あるとおっしゃるんですか?」

 いくらか咎めるような真希の口ぶりに怯むでもなく、総一朗は平然として答えた。

「あなたはとても美しい方だし、たくさんの男の人にモテたと思うのよね。研究室内にもファンがいっぱいいたと想像したんだけど、ライバルがひしめく中で、どうやってご主人があなたをゲットしたのか知りたかったのよ。失礼なことを訊いてごめんなさい」

「いえ……」

 ややうつむき加減の真希の顔は不愉快というより、不安の色が濃くなっていた。

(先生、動機に結びつくものを見つけたな)

 まずは殺人の動機をあぶり出して、そこから犯人に通じるものを捜す。それが自分の手法だと、総一朗は常々語っており、動機についてのレクチャーをしたこともあった。

『衝動的に殺したという場合の動機は怒りそのものだけど、計画的な殺人においての動機には大きく分けて五種類あるわ。愛憎・金銭・怨恨・名誉・回避。このうちのいずれかが、あるいは複合的に動機を構成しているのよ。快楽殺人なんてのもあるけど、今も昔も、人間の感情の基本は同じね』

 もし、片平の衝動的な怒りが招いた単純な事件ではないとしたら、彼を犯人に仕立てた計画殺人だとしたら──当時の研究室では真希を巡る男たちの『愛憎』が渦巻いていたと考えられる。今回の場合、動機の一つは『愛憎』ではないのか。

 事件のあらましを聞かされた当初は片平が犯人というのは疑いようがないと思っていた創だが、そんなに単純なものではないとわかってくると、気持ちが揺らいできた。

「アルバムを見せてくださる?」

 承知した真希が持ってきたのは先に高林が見せてもらったというアルバムで、ひととおり目を通したあと、総一朗は思いもよらないことを言い出した。

「小塚さんが写っている写真がないみたいだけど、どうしてかしら?」

 驚いた創は何か言おうと口をぱくぱくさせたが、言葉が上手く出てこない。そんな彼の代わりに、高林が目を皿のようにして問いかけた。

「せ、先生、顔を知らない人の写真のあるなしがどうしてわかったんですか?」

「簡単なことよ。真希さんのアルバムにはこっちのアルバムの写真と同じものが揃ってる、つまり自分が写ってる写真はたいてい焼き増しされて配られてるわけ」

 そう言いながら、総一朗は持参した研究室保管のアルバムを紙袋から取り出した。

「真希さんはあなたに、写っているメンバーの中で片平さんはどれなのかを教えているけど、小塚さんの顔は教えていない。もちろん、前の年の旅行の写真にも小塚さんが写っていないなら教えられないけどね」

 ところがね、と二つのアルバムを比較して見せる総一朗、そこには奇妙なことが発見された。研究室用のアルバムに真希が大きく写った前年の写真があり、その隣には洒落た服装のニヤけた男が並んでいたのだが、真希所有のアルバムには同じものがなかった。

「こんなにアップで撮った写真を焼き増ししないはずないわよね。それなのに何でないのかなと思って、この男性を重点的にチェックしたら、彼が一緒に写ってる写真は真希さんのアルバムに一枚もないの。並んでる位置からしてご主人たちと同級生らしいけど、翌年の旅行の写真にはどこにも登場していない。だからこれが小塚さんだと踏んだのよ」

 さっそく推理能力を発揮する総一朗の説明を聞いた真希は観念したように口を開いた。

「小塚くんの写真は処分しました」

「それはまたどうして?」

「私にとっては思い出のページに入れておきたくない人だからです」

「元カレだったとか? あら、図星?」

 軽い口調で尋ねる総一朗だが、その目は真希の変化を鋭く観察している。

 被害者と従兄の妻がかつて恋愛関係にあったとは初耳らしく、きょとんとして真希の顔を見つめる高林、かなり『愛憎』が見えてきた、面白いことになってきたぞと、創は固唾を呑んで見守った。

「二年の終わり頃からつき合い始めましたけど、三年のゼミ旅行のあとに別れました。彼のいい加減な性格がイヤになって、私の方から言い出したんです。そのときは承知したみたいだったのにストーカーされて」

「ストーカー?」

「アパートの近くに潜んでいるような気配がしたり、郵便受けを覗かれた様子があったりしました。そっちは鍵をつけておいたから大丈夫だったんですけど」

「まあ。それは気持ちが悪いわよね、止めてくれって訴えなかったの?」

「もちろん抗議したけど、ニヤニヤ笑うだけで、まったく取り合ってくれないんです」

 総一朗は首を傾げて「変ねえ」と呟いた。

「小塚さんって女性関係が盛んだったと聞いていたんだけど、ストーカーは彼らしくない行為ね。よっぽどあなたに未練があったのかしら。別れたあとは誰ともつき合っていなかったの、どう?」

「いえ、新しい女の子と次々に……」

「ストーカーの正体は本当に小塚さん?」

「え、ええ。三年の夏休みに引っ越したんですけど、そこの住所を知っているのは彼だけだったときですから、てっきり」

「他の誰かにしゃべったかもよ。もっとも、自分で調べ上げるのがストーカー魂だけど」

 ストーカーをしていたのが必ずしも小塚ではない、そう聞かされた真希はますます不安そうになった。

「他にストーカーがいたとしたら、どうして『オレじゃない』って反論しなかったのかな。別れたあともずっと疑われたままなんて、気分悪いじゃねーか」

 創が口を挟むと、総一朗は「真希さんの疑いを自分の身に引き受けて、罪を被る代償を受け取っていたのかもね。ゆすりたかりをやってたって話だし」と答えた。

 ゆすりたかり──『愛憎』に続く、動機構成要素『金銭』の登場だ。そこらが犯人とのトラブルの直接的な原因だったかもしれない、創はそんなふうに考えを巡らせた。

「彼には電話も盗聴されてたんです。私の方は固定電話ではなく、ケータイを使っていたんですが」

 盗聴と聞いてギョッとする。嫌がらせでは済まない、立派な犯罪ではないか。

「それは電話に限って? どうして盗聴されてるとわかったの?」

「会話の内容を遠回しに匂わせるんです。それで、盗聴器を捜すプロの方に頼んで調べてもらったんですが、何も見つからなくて」

「もしかしたら、その電話の相手は新田先生だったんじゃない?」

「えっ、なんでわかるんだよ?」

 総一朗のいきなりの指摘に、またしても驚く創、真希はと見ると、うろたえた様子で視線を泳がせている。

「盗聴されていたのは室内の音全般ではなく、電話での会話のみだった。しかも彼女の持つ電話はケータイで、相手は固定電話というニュアンスでお話しされたわよね。それなら電話をかけた相手の部屋が盗聴されていたかもと考えるべきで、真希さんの部屋から盗聴器が発見されないのは当然だわ」

 真希が電話をかける相手というのは実家の両親から大学の友人、もしくは高校や中学にまで遡っても考えられるが、

「まさか友達一人一人のところに盗聴器を仕掛けるはずはないし、その世代の電話はみんなケータイで、メールでやり取りするのが普通よ。ならば、小塚さんが自由に出入りできる場所で、そこの電話で真希さんと会話するといったら研究室ぐらいじゃない。教授用の執務室に外線と繋がる電話があるでしょ」

「作物研の部屋は今、園Ⅰになってるよな」

「どこかにまだ残ってるかもよ、盗聴器」

 盗聴器の存在も衝撃的だったが、妻子ある新田教授と真希との怪しげな関係を感じ取った衝撃の方が大きいらしく、高林は唇を震わせながら美しい従兄の妻を見つめている。

 覚悟を決めた様子で、真希は告白した。

「先生とは実験の打ち合わせをやっているうちに、その……それが原因で、小塚くんと別れたわけじゃないんです。もうずっと前に愛想が尽きていましたから」

 二人の不倫は真希が四年になっても続いたが、殺人という重大事件が起こったせいで研究室内の雰囲気は一気に悪化してしまった。

 学生とはいえ、二十歳を過ぎた大人の集まりである。引率の責任を問われることはなかったものの、新田教授はうつ病気味になり、真希との関係も自然消滅したが、そんな折、精神的に不安定になってしまった彼女を励ましてくれたのが篤だったと真希は語った。

「小塚さんが不倫関係を嗅ぎつけていた可能性は大ね。あなたへの未練ではないとしたら、それをネタに教授をゆすろうと盗聴器を仕掛けたのか、身辺を探るために仕掛けておいたら情報が飛び込んできたのか。ともかく、卒業が危ない学生にはラッキーな展開よね」

(ということは、小塚にゆすられていたヤツは少なくとも二人いたわけだ)

 次々と明るみになる事実に、創は頭の中を整理しようと、考えをまとめ始めた。

(『愛憎』っつーか『金銭』、真希の元カレという理由で殺されるより、ゆすりのターゲットが反撃したって方がアリだよな)

 まずはターゲットの一人、ストーカー氏が度重なる金銭の要求に耐えかねて小塚を殺した場合。

 その正体は真希を崇めていた元研究室生の誰かと考えるのが自然で、それが片平だとすれば簡単に片づくけれど、車の問題をクリアすれば他の連中でも有り得る。

 あるいは不倫の件でゆすられていた新田教授が『名誉』を動機要素に加えての場合。これは充分に成り立つ説だ、片平を共犯に巻き込めばいい。

 九日の朝、片平が小塚を乗せて別荘に着いたところで、教授がこの小悪党に手を下すが、足の悪い「先生」の代わりに「生徒」が遺棄したとすれば落着だ。罪の意識からうつ病になったとダメ押しもできる。

 しかし、それならなぜ、共犯者がより重罪である主犯の罪を被っているのか、説明がつかないのがもどかしくもある。

(恩師の身代わりになる、なんて、そこまで恩を感じる関係じゃなさそーだし。やっぱ無理があるか)

 そこへ真希の夫、宮城篤が帰ってきた。スーツ姿の彼は三年前よりいくらか太った上に、それなりに老けて見えたが、総一朗たちの挨拶を受けて愛想のいい顔を向けた。

「初めまして、滋がお世話になってます。先生のお噂はかねがね耳にしていましたが、ようやくお目にかかれて嬉しいですよ」

「こちらこそ。研究室の名前も担当も代わってしまって、卒業生の皆さんはご不満かと危惧していましたけど、安心しましたわ」

 これから晩飯なので、と断りを入れた篤はダイニングテーブルに着いた。

 一杯いかがですかと勧めるのを総一朗がやんわりと辞退すると、彼は「では失礼して」と言いながら缶ビールのプルを引き、左手にグラスを持ったまま、真希の用意した夕食にとりかかった。

 総一朗たちの訪問の理由は一応承知していたようだが、篤は「今夜のお訪ねはやはり、例の件ですか」と訊いた。

「話を聞いてつい、乗り出してしまいました。悪い癖なのよ」

「まあ、家内の気持ちはわからないでもないんですが、今さら掘り返してみたところでどうですかねぇ。警察も調べ尽くした上での判断でしょうし」

 いったんケリがついた事件に対して、第三者に余計な真似はして欲しくない。

 何らかの形で関わることになってしまった者の気持ちとしてはわからなくもないが、総一朗は「そうねぇ。でも、警察が見落としてることもまったくないわけでもないのよ、アタシの経験ではね」と軽くやり過ごした。

「せっかくの機会だし、ご主人の方にも質問していいかしら? ゼミ旅行の当日は小塚さんも一緒に、小田急に乗る予定だったの?」

「ええ、ですから遅れる、なんてメールが届いてびっくりしました」

 思い出したように憤慨する篤は「まったく勝手なヤツなんだ。あいつは実験の約束の時間だって、まともに守ったことがなかったんです。旅行には遅れるなよと念を押しておいたのに」と付け加えた。

「あなたがメールを受け取ったのかしら?」

「いや、他の連中です。一人じゃ心配だったのか、待ち合わせした六人のうち、二人同時に届いていました」

「レンタカーに同乗するという話はこれっぽっちもなかったわけね」

「あとで思えば変だなと。教授と片平だけで乗るなんてもったいないですしね。だから帰り道はバッチリ乗せてもらいましたが、ボクが乗った席に死体が乗せられていたんじゃないかって、気味が悪くなりましたよ」

「じゃあ、帰りに乗って帰ったのは……」

「運転席が片平、助手席はボクで、後部座席には新田教授と家内です。教授がボクらに乗って行けと勧めるもんで」

 なんと、旅行二日目の帰路においては不倫関係にあった二人が並んで後ろに乗り、のちの夫が助手席に座っていたことになる。

「単刀直入に訊くけど、あなたは当時の真希さんの男性関係を知っていたのかしら」

(うわっ、それって単刀直入すぎる)

 いきなりズバッと切り込んだ総一朗の言葉に、気が気でない創だが、よほど人間が練れているのか、篤は顔色を変えずに「はい」と答えた。当事者の真希はと見ると、こちらも開き直ったようで、すまして座っている。

「小塚とはタッグを組んでいましたから、つき合っていて別れたってのも聞かされたし、教授との関係もうすうす気づいていましたが、ほとんどの連中は知らなかったんじゃないかな。片平はもちろん承知組ですが」

「どういう意味?」

「あいつは新田教授の言うことなら何でも聞く犬、忠犬だったんですよ」

 犬とはまた、悪意のこもったセリフではないか。片平が新田教授の言いなりに行動していたと聞いて、さっきの二人の共犯説が創の脳裏をかすめる。

「教授が旅行の前に、別荘に何日かいたのはご存知ですね。じつは家内も……真希もそこに前の日からいたんですよ」

 みんなの視線を受けて、真希は静かに頷いた。一日一緒に過ごさないかと誘われて、八日の朝に別荘を訪ねたという。警察では承知の事実だが、プライベートなことなので関係者には伏せられていたようだ。

「別荘はどこにあるの?」

「仙石原ですが、場所を知っているのは私と片平くんだけだったと思います。電車にバス、ロープウェイと、幾つかのルートがあるので観光を兼ねて来てもいいし、好きな方法を選んでくれと言われました」

 真希の説明を苦々しげに聞いていた篤は「それで、次の朝は片平に送ってもらったんだろ。まさか先生と一緒に登場するわけにはいかないから強羅駅まで送らせて、さもずっと電車で来たように見せかけてさ」と厭味っぽく言った。

 そんな夫の物言いにカチンときたのか、真希は強い剣幕で抗議した。

「違うわ。片平くんと顔を会わさないようにと、朝早くタクシーを呼んでもらったのよ。それは警察でも説明したし、タクシーの運転手さんも証言してくれた。だから片平くんとは会っていないし、彼も私が直前まで別荘にいたとは知らなかったはずよ」

 奇妙な具合になった。片平以外は全員電車で来たというのは確実ではないのか。

「強羅駅から乗った真希さんはみんなと逆方向から来たことになるのね。あなたの他に、そういう別ルートの人はいるのかしら」

 総一朗の問いかけに、真希に代わって篤が「いえ、ほとんどの人が朝、自宅やアパートを出発して電車で来たと思いますけど。そこらは警察がきっちり裏づけをとってたみたいですけどね」と答えた。

「そうよねぇ、真っ先にやることだわ」

 辺りを漂う空気が重苦しくなってきた。そこで時計に目をやった総一朗はゆっくりと立ち上がった。

「そろそろおいとましましょうか。お食事の邪魔をしてごめんなさい」

「いえいえ構いませんよ。それで先生、真相とやらはわかりそうですか?」

「さあ、何ともいえないわ。やっぱり一番怪しいのは片平さんだということに変わりはないもの。また何か訊かせてもらうかもしれないけど、そのときはよろしくね」

                                ……❸に続く