シーンⅥ ニューヒーロー
『今度の土曜日、午前十時に緊急会合を開きます』
「緊急会合?」
立花からいきなり届いたメールはそれだけ。大切な通信手段が盗聴されていたのだから、会社としても何か手を打たなければならないのだろうが、もう少し詳しく教えてくれてもよさそうなものだ。
「ま、いいか。とりあえずはこいつをお披露目だ」
新品の真っ赤なTシャツ、黒と赤のチェックのワイシャツを重ね着してから、黒いジーンズをはいた隼人は意気揚々と事務所に向かった。
ところが、彼を待っていたのは園田真奈の恐ろしげな顔だった。あまりの迫力にタジタジとなる。
「十文字さん」
「はっ、はい、何か?」
「赤いシャツがお似合いですね」などと言うはずもなく、真奈は目を三角にした。
「先日の報告書が出ていませんけど」
「あっ、忘れてた。すいません」
「あなたには他に始末書も書いていただきますから、そのつもりで」
「始末書ですか? 何でまた……」
「指令のない勝手な行動及び、ベルトの無断使用です」
「あれは、でも、その……おかげで放火の犯人が……」
「放火犯の捕獲は依頼された業務に該当しません。社長の独断です」
「そんなぁ」
ピシリッとムチが鳴ったような気がして隼人は首をすくめ、言いわけをやめた。
これぞまさに、ヘビににらまれたカエル。机にしばりつけられ、しょんぼりしながらペンを手に取る。
しばらくすると、廊下から大勢の話し声が聞こえてきた。
楽しそうに笑いながら入ってきたのは風音、北斗、俊平の三人組で、さんざん盛り上がっていた彼らは隼人を見てきょとんとした。
「あら隼人くん。もう来てたの、早いわね」
「どないしたんでっか、その派手な服は」
肩越しにのぞき込んだ北斗にいたっては、
「始末書か。何やらかしたんだ?」
などとからかうので、隼人はますます情けない気持ちになった。
「皆さん、廊下ではお静かに」
にらみを効かす真奈の姿に「すんまへん」と身を縮める俊平、だが、礼儀正しくない高校生はどこ吹く風で「そんでさー、社長はまだなのかよ」と文句を言った。
北斗らしいと、苦笑いする隼人は次に事務所へ入ってきた人物にドキリとした。
もちろん尊だったのだが、いつもの黒一色ではなく、赤のハイネックシャツの上に黒いジャケットをはおるというスタイルで、トレードマークの帽子もかぶっておらず、居並ぶ面々を驚かせるにはじゅうぶん過ぎるほどの変化だった。
室内は一瞬にして静まり返る。
隼人を見た尊はすぐ目をそらしたが、照れていたようにも思えた。
「海城はんも赤着て、隼人はんとおそろいや」
(色が一致しただけでおそろいなんて……ペアルックかって)
俊平の何気ないセリフにうろたえる隼人、パートナー宣言したからにはペアルックで行動するべき……そんな規則はない。
そこへ立花が登場、みんなそれぞれ席に着いた。
尊が隼人のとなりに座ったので「赤も似合いますね」と話しかけると、
「そっちもな。本来はおまえの色だ」
冷やかすように言いながらも、尊は嬉しそうだった。
そうだ。だからオレも赤と黒の服を選んだんだ。オレの赤と、尊さんの黒。これからオレたちは最高のパートナーになる。
ようやく立花の口上が始まった。
「お忙しいところをお集まり願いまして大変申しわけありません。あと三名の方が到着していませんが、先に始めましょう」
あと三名というのが五番から七番だとすると、一番は頭数に入っていないことになる。
謎めいた存在に隼人は胸騒ぎを感じたが、他のメンバーがそれを気にかけない様子なのも、不思議といえば不思議だ。
試しに001のケータイにかけてみようかとも思うが、誰も出ない、あるいは「ただ今おかけになった電話番号は現在使われておりません」ならともかく、不気味な笑い声とか聞こえちゃったらイヤかも。
そんな隼人の心境にはおかまいなく、立花は運んできた箱から何やら取り出したが、それは新しい携帯電話だった。
「緊急に集まっていただいたのはこの携帯電話型通信機のことです。先日我々が扱った業務で、この電話が盗聴されるという事態が発生しました。これは絶対に盗聴されないという信頼の元に業務を行っていたわけですから、我が社にとっては由々しき問題です」
高森による放火事件のあと、ドリームクリエイト社とM&G、それに立花が加わっての協議の報告が続く。
「当然のことながら、各社に勤務する者についてのコンプライアンス意識の向上、及び社員教育の徹底を計ることとし、二度とこのような不祥事が起きないよう、再発の防止を心がけることで意見が一致しました」
難解な単語と英語(和製英語含む)がまざる説明は国会の答弁を聞いているようだ。北斗がアクビをするのが見えた。
「さて、事件が起こる以前からドリームクリエイト社ではすでに新しい電話の開発に着手しており、このたびようやく完成いたしました。水嶋さんからの業務改善案を受けて、着信メロディーの種類も増やしたとのことですので、ご承知ください」
周波数帯の設定を固定にすると、また盗聴される危険性があるために、不定期にそれを変更して防ぐ云々……の難しい説明が加えられたが、例によってちんぷんかんぷんの隼人はまたしても「そんなんできるんですか」状態だった。
おそらく他の連中もわかってはいないだろう、理解できるのは尊ぐらいか。
「それではこの新しい機種を配りますので、古いものと交換でお願いします」
電話機の配布が終了すると「ほかに皆さんの方から何かございますか」ときかれたので、手を挙げた隼人はベルトのボタンについての改良を申し立てた。
高森にボタンを押されたせいで、二度もピンチになったのだ。欠陥商品もいいところ、リコールだ、リコール。
「ベルトを着けた当事者以外の者がボタンを押しても、時と場合によっては無効になるという形にすればよろしいわけですね。わかりました、さっそく次の会議で取り上げておきましょう」
立花が手帳にメモ書きを始めたところ、廊下から男物の重いクツ音と女物のピンヒールの音が聞こえた。
扉の向こうから現れたのはスタイルバツグン、ピンクの超ミニスカートに金髪のケバケバしい女だった。
「ごめんなさーい、遅くなっちゃった」
女の後ろから顔を出したのはミリタリー調の服を着た、肩幅がガッチリした体格の男でどちらも二十代半ばといった感じである。
「あっ、マリアはんや」
「きゃーん、俊平じゃないの。お久しぶり、元気だった?」
あたりかまわずキャアキャアと声を上げるこの軽薄そうな美女が登録ナンバー六番の香西マリアで、電子タバコをくわえた無精ヒゲ面が五番の上川吾郎だと、隼人はのちの自己紹介で知った。
マリアはコンパニオン、吾郎は警備員という本業があり、ここでの仕事は副業ということらしい。ちなみに吾郎のエナジーカラーは緑で、マリアはピンク。納得がいく。
セクシー美女の存在が気にくわないらしく、真奈はマリアをいちべつしたあと、ますますムスッとした顔でパソコンのキーを叩いているのが申しわけないほど笑えた。
「お休みのところ、お呼び立てしてすいませんでした」
あとから来た二人の傍若無人なふる舞いにもかかわらず、立花は笑みを絶やすことなく、もう一度さっきの説明を始めた。
「まあ、盗聴されてたなんて、こわーい」
「おまえのいやらしい通話が聴かれていたんじゃないのか」
「やっだー、吾郎のエッチ」
小学生諸君には聞かせたくない、大人の会話だ。
それにしても本当にこの人たちが選ばれたメンバーなのだろうか?
血圧計もどきのエナジー指数を決定する機能は正しく作動しているのか、計測時に壊れていたんじゃ……などと思っていると、マリアが隼人に目をつけた。
「この子、だあれ?」
本人が自己紹介するより先に、まわりが「指数三百二十七の期待の新人・シグナルレッド」だと言いふらし、それを聞いた吾郎がヒューッと口笛を吹いた。
「赤か。そいつはすげえや。ニューヒーロー登場だな」
感心されているのかバカにされているのかわからないが、隼人は黙って頭を下げた。皆さん一応、先輩だ。下手に出ておくにこしたことはない。
『実るほど こうべをたれる 稲穂かな』
そこで再び事務所のドアが開いた。
「白鳥です、ただ今到着いたしました。遅れてしまい、申しわけございません」
バカていねいなあいさつと共に入ってきたのは色白できゃしゃな体格の若者だった。年齢は尊と同じくらいだろうか。
男にしては高めの声に上品な顔立ち、赤みがかかった栗色の髪は波打ち、真っ白なスーツを着こなしているあたりはまるで白馬に乗ってやってきた王子様のよう。
「これは、これは、皆さまおそろいで。ごきげんうるわしゅう」
にこやかに笑顔をふりまき、某歌劇団の男役のようなポーズをとるこの男、ヨーロッパ風テーマパークに勤務しているならまだしも、あまりにも場違いな存在である。
またしてもけったいなヤツの登場に、隼人はあっけにとられてしまった。
「あら、トールちゃんじゃない」
マリアが漫才師のギャグのような呼びかけをした。
「おお、マリアさん。今日もお美しいですね。お変わりありませんか?」
「あなたこそ、行方不明になってたって聞いたけど、何してたの?」
すると、トールちゃんは困ったような、今にも泣きだしそうな顔をした。
「それが一身上の都合ということで……皆さまには大変ご迷惑をおかけしました」
そういえば、七番は行方知れずで連絡がとれないという話だったが。
(一身上の都合って、いったい何があったんだろう?)
気になるけど、初対面でツッコむのは無理っぽい。誰か聞き出してくれないかな。
トールちゃんのフルネームは白鳥徹で、登録ナンバー七番・エナジーカラーは白。名は体を表している──とはちょっと違う。オオハクチョウよりもコブハクチョウっぽいタイプ。よくわからないたとえだが。
徹のPHカンパニーにおける就業形態は派遣社員で、どうやらかなりの金持ちの御子息らしいが、そんな人がなぜここで働いているのかはまったくの謎だ。
(カラーが白ということはつまり、指数二百六十五だっけ、オレと尊さんの次に高い人なんだよな。でも、言っちゃ悪いが、とてもそんなふうには見えないけれど)
自分のことは棚に上げているが、それにしても個性派ぞろいを通り越して、とんでもなく怪しい人の集団と化した仲間たちに不安がつのる。
「これでフルメンバーなのかな。何だか脱力しちゃいそうなメンツ……」
思わずつぶやく隼人を見やって、尊が「ますます仕事が楽しくなりそうだな」と冗談めかして言った。
「は、はあ」
本気で思ってないよね、先輩。
さて、緊急会合という目的を終えたあとの事務所内は久しぶりに顔を合わせた人たちの同窓会みたいな雰囲気になっていた。
尊の活躍ぶりをほめたたえたあと、白鳥徹は隼人の紹介を受けて「おおぅ!」と声をあげ、感激したというように両腕をガバッと広げた。驚き方からしてミュージカル役者顔負けだ。
「では、あなたが指数ナンバーワンにして、一躍スーパーヒーローとなった……」
「え、ちょっ、ちょっと、それはおおげさすぎるような」
いいえと、徹は力強く首をブンブン振った。どこまでも芝居がかっている。
「赤いスーツ姿の男が世界の平和を守るために、日夜悪と戦っていると。その存在はすでに都市伝説と化していると、ワタクシは聞きおよびましたが」
「都市伝説?」
本人の知らないところでスゴい言われ方をしているようだ。
「待ってくださいよ。登録してまだ一カ月もたってないのに、何でもう伝説の人……」
「あ、ワタシも聞いたわよ」
「わいもや。ネットで評判やで」
同時に口をはさんできたのは風音と俊平で、シグナルレッドが人助けをしたとか、悪者退治をしたという噂を見聞きしたと語った。
悪事は千里を走るが、最近は善行も同じ速度で走るものらしい。インターネット普及の賜物だ。
(あちゃー。ヤバいな~。あの男の子を助けたのとか、全部バレちゃったってことは)
「十文字さん」
「……は、はい?」
背中に寒気を感じて振り返る。
そこには事務員兼秘書が立っていたが、その足元からドス黒いスモークが立ちのぼっているように見える。オカルト映画のワンシーンのようだ。
キラリとメガネの奥の目を光らせた悪魔は薄笑いを浮かべ、隼人にささやいた。
「始末書の枚数が増えるようですね」
「あ、あひ~っ」
──赤いスーツのニューヒーローが大活躍する都市伝説の続きを見聞するのは、そう遠くはないかもしれない。
END