シーンⅣ フェスティバル
翌日、新しい仕事が入ったといって、立花から連絡を受けた隼人は学校の帰り道、意気揚々と足どりも軽く、PHカンパニーのオフィスへと向かっていた。
やる気まんまん、ファイト一発だ。
(そういえば大岩さんはオレンジの服を着ていたっけ。水嶋さんは黄色だったし、海城さんはもちろん黒だし、オレも赤を着た方がいいのかな? それって、いかにもお子様向けのヒーローみたいだけど、やっぱカッコつくもんなぁ)
赤の服はワードロープに入っていない。バイト代が入ったら買おう、などと考えながら事務所の中に入る。
内部はあいかわらず静まり返り、パソコンの画面に向かう園田真奈の姿があるだけだった。
「こんにちは、十文字です……」
「社長なら出かけています」
「えっ、呼び出しておいて、出かけた?」
例によって事務的に答えた真奈は不服そうな隼人を冷たい目で見た。
「あなたは先日の報告書が未提出ですけど」
「そうだった。すいません」
コーヒーをこぼして、おじゃんになったアレだ。
隼人は仕方なく報告書の書き直しを始めたが、これで終わってしまっては、ここまで来たかいがない、というものだが──
(え? あの仕事、時給千二百円もくれるんだ。すっげー。昼メシはタダだし、一日で八千四百円の儲けだし。やった! あのゲームソフトを買って……おっと、その前に赤い服だっけ……)
「……あっ、まちがえた!」
「またですか?」
何度も書き損じて、訂正印だらけの書面に対して真奈からイヤミを言われているところに、立花社長がようやく戻ってきて、手に提げていたアタッシュケースを机の上にドカッと乗せた。何が入っているのか、やけに重そうだ。
社長兼営業マン、総務から何から一人で全部を受け持っている形だが、子会社の悲哀は感じられない。業務の内容が内容だけに、少人数で取り組む方がいいのかもしれない。
「やあ、隼人くん。お待たせして申しわけありませんでしたね」
今日のスーツはグレイ、緑とベージュのストライプのネクタイを締めた立花はにこやかに話しかけた。
「ど、どうも。この前は失礼しました」
「謝らなくてもいいですよ。どうですか、家庭教師の成果は?」
「ええ、おかげさまで」
「それは良かった。じつは海城くんが勉強面も仕事面も自分が責任を持つから、キミを辞めさせないでくれと言い出しましてね。私もそいつはいい考えだと思いまして、彼の提案に乗ったわけですよ」
「そうだったんですか」
「いや、ずいぶんと気に入られたものですね。海城くんがここのメンバーの誰かに入れ込むのは初めてじゃないかと思いますよ」
PHカンパニーを背負うエース、海城尊が自分を気に入っているというセリフに、隼人は嬉しくなった。この力に期待してくれているのだと思うと、気合いが入る。
「彼は登録してこのかた、ほとんどひとりで仕事をしていたから、指数の近い仲間が欲しかったのかもしれませんね」
俊平も同じようなことを言っていたから、それが尊の本心なのかもしれない。
立花はニコニコしながら続けた。
「海城くんにも普通の青年らしい感情があったのかと感動しましたよ」
「え、それは大げさなんじゃないかと」
「いやあ、けっこうな変わり者ですよ。最近の若者がケータイで連絡をとるといえば、通話よりもメールが主流でしょう? ところが彼はメールが苦手だというんですよ」
「本当ですか?」
泉泰大の医学部生がメール機能を使いこなせないなんて信じられない。頭の良さと、機械に強いかどうかは比例しないようだ。
「おかげで彼との連絡は直接通話ばかりで、時間の融通が効かないから不便なんですけどね。さて、それでは新しい仕事の件ですが」
とたんに立花の表情がけわしくなった。
「仕事の難易度レベルについては説明したと、海城くんから報告がありましたのでおわかりですね。その基準に照らし合わせれば、この仕事は難易度Cクラス、ただし、状況によってはAクラスにもなります」
二段階もアップするのか。
「したがって、今からお話しする内容に不安や心配を感じるなら、遠慮なく言ってください。依頼されたからといって、無理に引き受ける必要はありませんからね」
「は、はい」
そんなふうに言われると、かえって不安になる。せっかくがんばろうと思っていた決意がさっそく崩れてしまいそうだ。
立花はアタッシュケースの中から資料らしきファイルを取り出し、説明を始めた。
「先月、隣のB**市で、とある催し物を開催する予定でした。先々月はそのまた向こう隣のC**市でも予定されていたのですが、そのどちらにも我々が参加するはずだったのです」
「あ、それ、もしかして街道フェスティバルですか?」
「おや、よくご存じですね」
「オレ、郷土研究部に所属してますから。そういった地元のお祭について調べて、文化祭のときに発表するんですよ」
「そうですか。それなら話は早い」
江戸時代、外様大名が江戸へ向かう際に逗留したために、東海道の宿場町として栄えたこの地方において、衰退する商店街などを盛り上げるための町興しの一環として、街道フェスティバルという祭が企画された。
これはちょっと変わった催しで、大名行列が街道沿いの宿場を移動するように、先月は隣の市、今月はこちらの市と受けつぐ、いわば祭のリレーである。
メインイベントはそれらしい扮装をした人々が街を練り歩く大名行列で、終了したところで衣裳から小道具まで全部、隣の市へと渡し、月日を改めて、そこの市民による次の行列が始まるのだ。
この、気の長いイベントとは別に、祭り当日にはメイン会場に用意されたステージで、時代劇調のショーが披露される。
悪代官対桜吹雪の名奉行、火消しの家にいそうろうする若殿様、御隠居の世直し行脚など、それぞれ趣向を凝らした内容なのだが、先々月のC**市では変身忍者バトルショーを企画、このショーへの出演が今回、PHカンパニーに依頼された仕事だったのだ。
一見忍者、その正体は変身ヒーローという内容らしいが、忍者をモチーフにしたヒーローはわりと存在するから、それなりに盛り上がるのかもしれない。
「でも、参加するはずってことは……」
「中止になったんですよ。メイン会場の舞台が前日の夜に放火されたせいでね」
「放火……ですか?」
「ええ。深夜とあって無人でしたから、ケガ人はなかったのが不幸中の幸いでしたが」
C**市の計画は中止になったが、変身忍者ショーはそのままB**市の企画となり、会社は改めて依頼を受けた。
だが──
「まさか、そこでも?」
「そうなんです。やはり前夜に放火されて中止となってしまったわけです。残念ながら犯人は捕まっていません」
そして今月は隼人の住む街、PHカンパニーの事務所があるこのA**市の番なのだ。
「祭は計画どおり実行するようですし、今度こそは実現しようと、忍者ショーの依頼も受けました……が」
二度あることは三度ある。
二件の放火の犯人が同一犯なら、今回もまた狙われる可能性は高い。
「お膝元というのも変ですが、事務所がある地元でそれをやられたんじゃあ、我々も立つ瀬がありません」
「たしかに」
「せっかく依頼してくれた関係者にも面目がない。ですから今度こそは成功させよう、自分たちでステージを守ろうという話になりまして、祭の前夜と当日、会場警備にあたることにしたのです」
祭は今度の週末、土日の二日間行われるが、高校生を深夜の業務に就かせるわけにはいかないので、金曜と土曜の夜は尊と社長自らがパトロールすると言う。
「え、じゃあ、オレは」
「キミには海城くんと交替で、日中の警備をお願いしたいと思いましてね。大勢の観客の前で放火するほど、犯人も大胆ではないでしょうが、念のために」
「はあ……」
隼人の煮え切らない返事をどう受け取ったのか、立花は言いわけを始めた。
「北斗くんたちにはショーを担当してもらうので、一緒に警備するというわけにはいかないのですが」
それは予想していたことだ。あの三人が変身忍者をやらねば、誰がやるのだ。
「いえ、一人でもかまわないんですけど、海城さんが大変だなって思って」
レポートの提出があると話していたし、いくら使命感に燃える彼でも、そう何でもかんでも便利に使われたのではたまらないだろうと、配慮した上での発言だ。
「あの、オレはまだ会ったことないんですけど、他の人たちに手伝ってもらうわけにはいかないんですか? ほら、五番から七番の人たちに」
「残念ながら」
そこで立花は肩をすくめるようなポーズをとった。
「彼らのうちの五番と六番は社会人で、本業があるので今回はパスなんですよ」
七番にいたっては、ここのところ行方知れずで連絡がとれないらしい。
何のために、専用携帯電話があるのかとツッコミたくなったが、
「それじゃあ一番は? そうだ、海城さんより前に登録した人なんでしょう、ベテランじゃないですか」
すると立花はおごそかな声で言い渡した。
「一番については触れないでください」
「はっ?」
「我が社の機密事項なので」
「はぁっ?」
機密事項って、いったい何なんだーっ!
そう叫びたくなるのを必死でこらえる。
秘密基地だの、機密事項だのと、怪しい謎が次々に出てくる会社事情に、隼人はモチベーションが下がっていくのを感ぜずにはいられなかった。
(まさか、マジで悪の秘密結社と戦う用意してるんじゃないよな)
世界を征服すると豪語しているくせに、どういうわけか狭い日本国内で、それも人里離れた地下洞窟あたりに基地を構える悪者との対決──「国内で人里離れた」がポイントだ──レッドフェニックスたちはたしか、ダークサタンとかいう連中と戦ってたっけ。
それにしても、九人登録しているというからには、一番は存在するはずだ。
(もしかして一番は社長自身? でも、それならそうと言うだろうし、電話番号だって『001』のはずだし。ほかに関係者っていえば……社長のお父さん? いくら何でもそれはないか、年齢的にも無理ありすぎだし。あとは秘密基地のマスターとか)
そいつもありえないと否定しつつ、真奈に視線を転じる。
事務員兼社長秘書はさっきからパソコンに向かったままで一言も口をきかない。
(あの人が一番? なあんて)
ある意味、最強なのはたしかだが。
◇ ◇ ◇
昨夜のうちに異変があれば知らせてくれる手はずになっていたが、009の電話が赤く光ることも、立花からのメールが到着することもないまま、街道フェスティバル当日の朝を迎えた。
とりあえず平穏無事で何よりだ。緊張のあまり、よく眠れなかった隼人は目をこすりながら着替えを済ませると、リュックにベルトが入っているのを確認して出発した。
隼人の住むこのA**市は駅前を中心に発展している。元はその辺りが宿場町だったからで、今回の街道フェスティバルのメイン会場も駅前に近い公園に設けられていた。
大通り公園と名づけられたそこは緑も多く、ゆったりとした広さで、場所のわりには都会の喧騒と無縁の静かな公園である。
ただし、昼間は散歩をするのにもってこいだが、夜になると街灯の少ない箇所などは危険な雰囲気で、誰も近寄らない。ホームレスとか、たまに酔っ払いのオッサンなどが入り込むだけの場所だ。
園内に入ると、簡易な造りながらも立派なステージが設置されているのが目についた。ここらは時々通るが、いつの間に造られたのだろう。
祭の本部が置かれているという公園の事務所に到着。中に入ると、夜の見回りを終えた立花がパイプ椅子に腰かけていたが、尊の姿はなかった。
「おはようございます」
「ああ、おはようございます」
立花が疲れを隠しきれない笑顔を向ける。
「海城さんは?」
「もうすぐ戻ってきますよ」
隼人はさぐるように尋ねた。
「あの……特に問題はなかったと思っていいんですか?」
「現時点まではね」
裏を返せば、まだまだ油断してはいけないということだが──
「いや、問題なら、まったくなかったわけじゃない」
背後から尊の声がした。
隼人のあとから事務所に入ってきた彼の手には何かが握られていた。
「何かあったんですか?」
「これだ」
「使い捨てライター?」
差し出されたのは一本のライターだった。まだ使えるものだ。ステージ近くの植え込みの上に置いてあったと尊は説明した。
「その位置から舞台が見える」
「ビ、ビミョーですね」
こんな状況下でなければ単なる落し物、あるいは点火しなくなったと思われてポイ捨てされたと考えるのが普通だが、落とし主はたまたま通りかかった通行人だと、はっきり証明できるわけではない。
犯行に及ぼうとして来たものの、見回りをする尊や立花の姿に驚いて、犯人が落としたという可能性もあるのだ。
「そうだな。落としたのではなく、わざと置いていったという考え方もある」
「わざと?」
「一種の挑戦状といったところか」
「挑戦状って、じゃあ、見張られてるとわかってて、やったってこと?」
「そういうことになるな。考えすぎだと言われればそれまでだが」
「そんな……」
最悪の事態──緊張が高まり、掌に冷や汗がにじんできた。
すると、ずっと黙っていた立花が「とりあえず、先に説明を聞きに行ってください」と言い、隼人をうながした。
挙動不審な客として怪しまれては困るので──黒ずくめの長い髪の男は不審者に見られる可能性大だ──本部の警備担当者への紹介が行われたあと、ステージ開催中の会場警備について詳しい説明を受ける。
もっとも、本部の警備の人々はあくまでも観客の人員整理で、放火犯に的をしぼって警戒するのが隼人の役目だった。
尊も一緒に聞いていたのが気になり、
「海城さんは帰らなくていいんですか?」
終了後にそうと問いかけると、彼はジロリと隼人を見た。
「おまえひとりに任せるわけにはいかないだろう」
「でも、一睡もしてないんでしょう。今夜も見回りするなら休まないと、身体がもちませんよ」
この会場からPHカンパニーの事務所のあるビルまでは大した距離ではないので、歩いてでも戻れる。立花が「事務所に戻って仮眠をとる」と言ったため、隼人は尊にもそうするようにと勧めた。
万が一、何事かが起こった場合はステージ上の三人に応援を頼めばいい。四人いれば何とかなるだろう。
そもそも、ショーの最中に放火しようとするマヌケはいないはず、などと説得すると、
「そこまで言うなら少し休ませてもらおう。夕方また来るから」
「そうしてください」
そんな会話をしているところに、噂の三人がやってきた。
隼人と尊が並んで立っているのを見た北斗はフフンと鼻をならした。
「さっそく002と一緒にお仕事か。さすが、指数の高いヤツは違うな」
「北斗くん、何が言いたいの?」
風音の問いかけに、北斗は皮肉たっぷりに答えた。
「オレたちと忍者ごっこなんて、バカバカしくてやってられない。だからショーの方をパスしたってんだろ」
またもや始まったイヤミ攻撃だが、いちいち目くじらを立てるのもバカらしいので、冷静に受け流す。
「そんなつもりはないよ」
北斗は「へっ」と捨てゼリフを吐いた。隼人の弁明など、聞く耳を持つ気はこれっぽっちもないようだ。
「ちょっと北斗くんったら、隼人くんには隼人くんに適した仕事があるのよ。何かと目のカタキにしてるけど、ワタシたちは仲間なんだし、もっと仲良くして協力しなきゃ。ねえ、大岩さん」
「せや、せや」
北斗は風音が好きらしいというのはこの前のバイトで何となく感じていた。
風音がフォローしてくれるのはありがたいのだが、彼女が自分をかばえばかばうほど、北斗の機嫌が悪くなる。隼人としては痛しかゆしといったところだ。
「別にオレは協力するスジ合いなんてねえよ。与えられた仕事をやりゃあいいだけさ」
「もう、北斗くんっ!」
「るせーな、ったく」
「ああもう、二人ともケンカはやめなはれ」
ふて腐れる北斗に怒る風音、止めに入る俊平と、言い合いを始めた彼らにはかまわず、尊は隼人に「頼んだぞ」と言い残して立ち去った。
顔色も悪かったし、後ろ姿も疲れきっている。こんな尊を見るのは初めてだ。
(さすがにキツそうだな)
レポート提出だの他の仕事だのと、次から次へと用事がなければ、彼もあそこまでくたびれてはいないだろう。
(こうなったら、オレががんばるしかないのかな)
できれば今日と明日、何事もなく終わって欲しいと隼人は願った。
やがて街道フェスティバルの開始時刻となった。
祭にはうってつけのさわやかな晴天の下、歩行者天国にした駅前通りを大名行列が練り歩き、公園内には縁日などでおなじみの屋台が出店している。
それぞれの屋台は大勢の客でにぎわい、焼そばやタコ焼きのソースの匂いに混じって、クレープ、綿菓子といった甘ったるい匂いも漂う。
「なんか腹減ったなー。なんて言ってる場合じゃないや、お仕事、お仕事」
隼人が見守るステージにおいては本日最初のショーが始まった。
悪徳商人と悪代官の裏取引を探る忍者が代官の手下たちと派手な切り合いを繰り広げるというストーリーで、スーツの上から忍者の扮装をしているのはもちろん、北斗たちシグナル三人組、悪代官その他はM&Gのバイト学生たちが担当だ。
「知らざあー言って聞かせあしょう」
(あれって歌舞伎の有名なセリフじゃなかったっけ?)
大げさなポーズをつけ、見得を切る登録ナンバー四番・諸星北斗、小芝居にも磨きがかかっている。
続けざまに「浜の真砂は尽きるとも」とか「絶景かな、絶景かな」とか言っちゃいそうだ。ストーリーにはもちろん関係なし。
そんな忍者ブルーの活躍ぶりはヒーロー好きの子どもたちよりも、お年寄りの方が拍手喝采だった。歌舞伎口調がウケたらしい。
(なんか好評じゃん。シルバー会員限定のファンクラブができるかも。北斗くん、モテモテね~ってからかったら、おもしろい反応するだろうな)
いつもイヤミ攻撃にさらされている身としては、どんなネタでもいいから一矢報いてやりたいものだ。この気弱な性格じゃ、逆襲されるだけかもしれないけど。
それにしても、放火騒ぎさえなければ、自分もあそこに立っていたはず。
忍者レッドなら、シルバー会員だけでなく全世代のファンの心をつかめたかもしれないなんて、うぬぼれてみたりして。
アホなことを考えながらも、隼人は観客の中に混じり、たえず周囲に気を配っていた。
もしかしたら放火犯はこれらの観客の中に潜んで、祭の状況をうかがっているかもしれない。今はその時ではないにせよ、チャンスがあればと狙っているのかもしれない。
あの人か、この人か。男か女か。若いのか老人なのか。
誰もがショーを楽しむ善良そうな人々にしか見えないが、疑いだすとすべての人が怪しく思える。神経を研ぎすますほどに、息がつまって苦しくなる。
(やっべ、これじゃ身がもたない)
上を向いて大きく深呼吸をする。気分を落ち着かせると、何とか楽になった。
見上げると空が青い。
太陽の光が暖かい。
街はこんなにも明るくて平和なのに、心に暗い悪意を秘めた誰かが、人々の楽しみ、ささやかなイベントを踏みにじろうとしているなんて──許せない。
「何をぼんやりしている?」
近寄ってきたのは尊だった。隼人の様子を見かねたらしい。
「あっ、いえ、すいません」
「気を抜くな」
二度目のバイト、しかも隼人にとっては初めてのCクラスあるいはAクラス──危険を伴うかもしれない仕事である。
それを日常茶飯事でこなしている尊にしてみれば、この後輩の態度は危なっかしいとしか思えないのだろう。
怒られちゃったと恐縮しながら、
「海城さん、もう来たんですか。夕方まで休むって……」
「気になって眠れなかった。だったら戻った方がマシかと思ってな」
(それ、オレがたよりないからかぁ~)
自分のせいで、優秀なる先輩は休息をとることもできないのかと思うと、申しわけなさでいっぱいになる。
(えっ?)
ふと、疑問が胸にわく。
(優秀なる?)
疑問は水に落とした絵の具のように、じわじわと広がってゆく。
(そんな、バカな。何のために?)
ありえない──なくもない?
けっきょく、この日何回か予定されていたショーの工程はすべて無事に終了した。
太陽が西に傾き、影が長く伸びたかと思うまもなく、あたりに夕闇が迫り始めた。
お祭り騒ぎは夜まで続くらしいが、ステージの方は終了とあって、北斗たち三人は引きあげていった。
「長時間、ご苦労さまでした」
現れた立花社長が隼人にねぎらいの言葉をかけた。
「何事もなく終わったようですね」
「はい。とりあえずホッとしました」
それから隼人は立花にだけ聞こえるような小声で尋ねた。
「社長、昨夜の見回りって、どんなふうにやったんですか?」
思いもよらない隼人の質問に、立花はとまどったような顔をした。
「どんなふう……そうですね、ステージを中心に行ったり来たりして」
「海城さんと一緒に?」
「いえ、同じ方向を見張ってもしょうがないので、手分けをしまして、電話で連絡を取り合って……」
「あのケータイ、見回りのときにも使ったんですか?」
「え、ええ。それがどうかしましたか?」
「いや、ちょっと確認したかっただけで」
落ち着け。そんな発想はあまりにもとっぴすぎる。
それがどうして今回の件に関係しているのかもわからないし……
隼人の思うところに気づいたのか、立花は「何かひっかかるものがあるんですね?」と念を押した。
「えっと、そういうわけじゃ」
「わかりました。キミの考えに協力しましょう」
「ええっ?」
どういう考えなのか、まだ何もしゃべってないんだけどと、あたふたする隼人だが、立花は自信たっぷりに言い切った。
「その指数の高さ、キミにはきっと、人並みはずれた能力があると私は期待しています。おそらく、ピピッとひらめくものがあったのでしょう。何でもいい、言ってください」
「いや、その……」
困った。ピピッなんて、スーパーエスパーな状態でも何でもないのに。社長、それこそかいかぶりすぎです。
そこへ尊が近づいてきて、予定された勤務時間を過ぎても居残っている隼人を見ると、マユをひそめた。
「昼の部は終わった。おまえはさっさと家に帰れ。わかったな」
有無を言わさず決めつける物言いに反発をおぼえながらも、隼人は黙ってうなずいた。
高校生に深夜勤務はないと、最初に聞かされたのだ。一緒にがんばろうなどと言ってはもらえないとわかっているが、やり切れない思いがわき起こる。
(こうなったら、オレはオレのやり方でやってやる! このまま引き下がってたまるもんかって)
帰りぎわに隼人は「あとでメールします」と立花に告げた。
その思惑がわかったのか、相手は意味ありげに目くばせをした。
……❺に続く