MY MEMORANDUM

オリジナル小説を公開するブログです

PROMISEHERO009 ❸

  シーンⅢ  キャンパス

 

 翌日曜の朝、時計が問題の十時を示すと、十文字家の門前に一台の車が停まった。

 黒いクーペから降りてきた尊はこれから隼人を泉泰大のキャンパスに案内しがてら、そこの図書館で勉強をさせたいと香苗に持ちかけた。

 なぜ、わざわざ大学のキャンパスまで行くのかと疑問には思わないようで、尊にすっかり惚れ込んでいる香苗はもちろん了解し、リュックを抱えた隼人が乗り込むのを待って、黒い車体は動きだした。

 地元にある大学なのに、泉泰大の敷地に入るのは初めてだ。

 昨日の事件も、バイトを辞めたいと思ったことも忘れてウキウキしている自分に気づくと、隼人は急にうろたえてしまった。

(オレってば、何浮かれてるんだろ?)

 隼人の住む住宅街を抜けて、車はひたすら郊外へと向かい、遠くには低いながらも山が見えてきた。

 そこで目に飛び込んできたのは青いベースに『泉泰大学』の白い文字が大きく描かれた看板で、その背後に幾つかの高い建物がそびえ立っている。

 駐車場内に入ると、車を停めた尊はここで降りるよう、隼人をうながした。

 休日とはいえ、キャンパスには思ったよりも大勢の学生がうろついている。ずんずん歩く尊のあとをあわてて追った。

 ここはいわゆる総合大学で、医学部の他には文学部に法学部、理学部、工学部、教育学部等、様々な学部がある。

 山の斜面を利用して辺り一帯に広がるキャンパスはかなりの面積を誇り、その施設の数はとても把握しきれるものではない。

「あれが医学部だ」

 尊が立ち並ぶ校舎のひとつを指す。白亜の建物群を見上げた隼人はすっかり圧倒されていた。

 と、その時、

「よう、海城じゃないか」

 呼びかける声の方を向くと、やせぎすの身体にTシャツ、七分丈のパンツをまとった、いかにもイマドキの若者といった風貌の学生が立っていた。髪を茶色に染め、細面の顔にはニヤニヤ笑いを浮かべている。

「高森か、奇遇だな」

(高森って、昨日の交通安全教室で軽トラックに入ってた人?)

 思わず相手の顔を見やる隼人、あの時は「かぶりもの」をしていたので、彼の素顔を拝むことはなかったのだ。

「おまえが日曜にお出ましとは珍しいな」

 そこまで言うと、高森は隼人の方をチラリと見た。

「オレはサークルの集まりで出て来たんだが、おまえはどこのサークルにも入っていないだろ。もしかして、優秀なる弟分を連れて大学見学か?」

「まあ、そんなところだ」

 尊はあいかわらずの無表情でそう答えたが、トゲを含んだような高森の口調に隼人はドキリとし、また、この男に対してどことなく不快な印象を受けた。

 しかし、このまま黙っているのも気が引ける。この機会に謝っておこうと思った隼人は「昨日はすいませんでした」と頭を下げた。

「ああ、別にどうってことはないさ。どこもケガはないし」

「そいつは良かった」

 隼人の代わりに尊が受け答える。まるで取り合わないといった態度だ。

「しかし、あの着ぐるみを長い間着るのはキツイな。曜日や時間に左右されないところがいいと思って登録したが、オレには向かない仕事だ。おまえも体力的に厳しくなってるんじゃないのか、肉体労働は若い後輩に譲った方がいいぜ」

「考えておこう。じゃあ、またな」

 高森を適当にやり過ごした尊は隼人に、先へ進むよう合図した。

 しばらく行って、人の気配がなくなったのを見はからった隼人は「あの人、同じ大学だったんですね」と話しかけた。

「ヤツは工学部だが、バイト先で見かけたからと、学食で話しかけてきて、それから会えばあいさつするようになった。その程度だ」

「へえ。見かけたって、じゃあ、やっぱり交通安全か何かのときに?」

「さあな。M&Gの連中と顔合わせする機会などなかったはずだが、どこかで会っていたんだろう」

「一般の人には素顔を見せてはいけないってのがルールなんでしょう。子会社のバイト同士ならかまわないんですか」

「仕事場でわざわざ自己紹介などはしないが、顔を見られる確率が高くなるのは仕方ないだろうな」

「そうですよね」

 あいづちを打ちながらも、何か引っかかるものを感じた隼人は首をかしげた。

「M&Gの人たちって、他にどんな仕事をやっているんですか」

 バイトに応募してきて、エナジー指数測定ではじかれた者がまわるのだから、かなりの大所帯になるだろうし、モンスター役の仕事だけではやっていけないだろう。

「いろいろな部署があるらしい。イベント部門のほかにも、ドリームクリエイトの製品を製造したり、改良したりするマシン部門や、請け負った仕事に関する下調べをする調査部門などがあると聞いたが、そのすべてをアルバイトでまかなっているようでもないし、俺もそれほど詳しいわけじゃない」

 そんな話をしながら、二人は図書館へと向かった。

 閲覧室とは別に設けられた自習室において、隼人は尊から苦手の数学をみっちりと叩き込まれた。

「本当は英語もやりたいが、俺にも宿題があるし、もうひとつやることもあるんで、この時間までが限度だ。すまないが、次の機会に教えるから」

「大学でも宿題が出るんですか?」

「来週までに提出するレポートがあるんだが、こいつがなかなかやっかいなんだ」

 医学部の勉強は他の学部とは比べものにならないほど大変で、何かと忙しいと聞いたことがある。

 それなのに尊はバイトだけでなく、隼人の面倒まで見ているのだ。

「オレのせいで、ますます大変になってしまったんじゃないですか。どうしてそこまで背負って……」

「俺が望んで決めたことだ、心配するな」

「でも、バイトだけでも時間が」

「この仕事は金が欲しくてやってるんじゃないんだ」

 そう切り出した尊の顔にはいつになく憂いが漂っていた。

「え……」

「行こう」

 日曜日とあって、大学にある学生食堂は休み。そのため、学生相手に経営している、近くの喫茶店で昼食を済ませたあと、再びキャンパス内に戻った二人は校舎の背後に迫る林の入り口までやって来た。

「ここで何を?」

「黙ってついてこい」

 隼人は不安にかられながらも、慣れた足取りで獣道をたどる尊の後ろに続いた。

 雑木がうっそうと茂る山中に、いくらか開けた場所の景色が広がった。ここまでの道のりに比べて木々はあまり密集しておらず、陽の光が差し込んで比較的明るい。

 ホッとしたのもつかの間、立ち止まった尊は手にさげたカバンの中から何かを取り出した。スーツ装着ベルトだった。

「えっ、それを持ってきたんですか?」

 問いかけには答えず、帽子をとった尊は9の数字が入ったベルトを隼人に投げてよこし、自分も2のベルトをつけて黒いスーツに変身した。彼のスーツ姿を目にするのはこれが初めてだ。

「こっちの家庭教師も頼まれた。バトルモードでの暴走を防ぎ、エネルギー配分を調節してパワーコントロールできるよう訓練してくれという、社長の依頼だ」

 自分とエナジー指数が同等の尊はコントロールの仕方を教える人物として、うってつけなのだと隼人は理解した。

 そして、その訓練を実行するために、彼は勝手知ったる大学の敷地の山中までやって来たのだともわかった。この山深い場所なら、誰かに目撃される心配もない。

「その前に、ノーマルモードとバトルモードの違いを説明しておく」

 青いボタン・ノーマルモードももちろん身体能力はアップするが、それは映画や特撮ドラマで活躍するスタントマンレベルで、演技には有効だが実戦には向いていない。

 これが赤のボタン・バトルモードとなると、まず、視覚・聴覚・嗅覚といったあらゆる感覚、五感が通常の百倍から千倍以上になるという。

 聴覚や嗅覚が普通の人間の百倍以上なんて、それはまさに犬、犬レベル。トイレとか排水溝とか、やたら臭っちゃってたまんないだろうな、などと、くだらないことを考えてしまった。

(でも、犬ってたしか、目は悪いんだっけ)

 ならば視覚はワシとか、タカとか、ハヤブサのレベルか。なぜか猛禽類限定。

「五感だけではなく、身体能力はノーマルモードなど、とても及ばないレベルまで上がる。もっとも、いずれにせよ本人のエナジー指数のレベルによるがな」

 指数の低い者が百倍だとしたら、高い者は千倍にもなるという話で、隼人にとっては触れる程度のキックが殺戮の一撃になってしまうのも無理からぬ、というわけだ。

「つまり、バトルモードを使う場合、ヘタをすれば相手を死亡させてしまう可能性もある。それだけの破壊力があるということだ。戦う相手によってはパワーを加減する必要があるし、それ以外の場面でもコントロールしなくてはならないとわかっただろう。さあ、バトルモードで俺と勝負してみろ」

 尊はゆっくりと隼人の前に歩み寄った。

「えっ、そ、そんな、いきなり勝負なんて」

「このスーツを着用していれば多少の衝撃には耐えられる。思いきりやれ」

 尻込みする隼人に対し、尊は素早い動きでパンチ、キックと、次々に浴びせてきた。

「わっ、わーっ!」

「ほら、どこを見ている!」

 あわてて攻撃を避ける隼人だが、何度目かの蹴りをもろに食らって吹っ飛び、杉の幹に激突した。

「……痛ってぇ」

「どうした、早くかかってこいっ!」

 容赦なく攻撃を続ける尊に、さすがの隼人も反撃を開始した。

 赤いスイッチを押すと身体が自然に反応し、これまでとは比べものにならないスピードで相手に飛びかかる。

 だが、彼の動きはすべて見切られているらしく、尊はあっさりとそれを封じ、そのつど細かくアドバイスを与えた。

「それが渾身の一撃か、笑わせるな。フリが大きすぎる、動作にムダが多い」

「相手の動きを目で追うだけじゃダメだ、頭と身体で感じ取れ」

「ただ思いのままに動くんじゃない。細胞のひとつひとつに命令を与えるつもりでやるんだ」

 肩で息をする隼人の目に、額から流れ落ちた汗がしみる。

(頭と身体……細胞に命令? そんなこと言われても、ついていくのが精一杯だ)

 特訓の手をなかなかゆるめようとはしない尊に対し、何とか一矢報いようとする隼人のキックが炸裂した。

 ドガッ! 

 激しい音を立てて、黒い身体が宙を舞う。地面に崩れ落ちた尊を見て、隼人は急いでかけ寄った。

「大丈夫ですか?」

「……甘いっ!」

 そのとたん、今度は赤いスーツが舞い上がった。尊の放ったパンチを受けた隼人はもんどり打って地面に叩きつけられた。

 その衝撃で木々の葉はバラバラと落下し、隼人の身体が巻き起こした風圧で降り積もっていた落ち葉は舞い上がり、辺りには土埃もたちこめた。

 倒れ込んだまま、ついに動けなくなってしまった隼人のそばにやって来ると、尊は「もうおしまいか」と声をかけた。

「……ギブアップです」

「まあ、一度に上達するのは無理だろうが、多少のコントロールはできるようになったみたいだな」

 変身を解除した尊の息はほとんど乱れていない。

 これが指数三百を超える者の本来の姿なのかと、見上げながら黄色のボタンを押そうとするものの、手がしびれて動かない。

 こちらの様子を見かねたのか、尊は隼人の身体を起こすと、木の根元に寄りかかるように置いた。

 それからベルトのボタンを押してくれたので、ようやくスーツから開放された隼人は唇の端に血がにじんでいるのに気づいた。

(痛いと思ったら、切れてたんだ)

 スーツ着用とはいえ、さすがにキツい。いくらバトルモードの状態をコントロールできるようになっても、これでは身体そのものがもたない。

 隼人は思わず弱音を吐いた。

「やっぱりオレには無理です。何で指数が高いのかわからないけれど、こんなに体力も気力もないのに、これ以上何ができるって言うんですか」

 こんな、ダメダメなヤツにヒーローなんて向いてない。無理に引き止めてくれなくてもかまわない。

 そんなにレッドヒーローが必要なら、粘り強く探せばエナジー指数が高値でカラーも赤のレッド候補がどこかにいるだろう。赤でなくても、それに近い色、紅色でも朱色でもいいじゃないか。そうだ、そうしてくれればいい。

「オレなんか必要な……」

「おまえの指数の高さの理由、ひとつなら、はっきりとわかる」

 尊の意外なセリフに、隼人は目を丸くした。

「理由って?」

「優しさと思いやりだ。電車内で老人に席を譲ったことがトラウマになったという話を聞いてわかった」

 思いがけない言葉を受けて、隼人は動揺した。

「えっ、それは……その」

「優しいからこそ、自分が傷つく。それに、精神的な強さとは無神経や厚顔無恥と同等ではない。わかるな?」

「海城さん……」

「それ以外にも理由があるはずだ。最高値の指数の理由がな」

 それから尊は黒い長袖シャツを脱ぎ始めた。身体を動かして暑くなったせいかと思ったが、そうではないらしい。

 シャツの下は黒のタンクトップ一枚で、その右腕にはうっすらとだが、傷跡が見えた。傷のひきつれが手首から二の腕にかけて、長い直線を描いている。

 あまりじろじろ見てはいけないと、隼人は視線をそらしたが、なんと尊はその腕を彼の目の前に、突き出すようにした。

「十年前、交通事故に遭ってな。ここと背中と、首の後ろにも残っている」

「それで髪を伸ばしているんだ」

 尊の服装と髪型は傷跡を隠すため、服を脱いだのはそれを自分に見せるためとわかり、隼人は少なからずショックを受けた。

「俺の父親がドリームクリエイト社の開発部勤務だったという話は聞いたよな?」

「はい、ベルトの発明者とも」

「あれは俺の持つエネルギーに気づいた父がエナジー指数の研究を進めて開発したんだ。ただし、開発したといっても、当時はプロトタイプの段階までで、引き継いで完成させたのは他の研究員だが」

「お父さん、どうかしたんですか」

「父は……この傷が残った交通事故で亡くなった。母も一緒にだ」

 車を運転していた父と助手席の母は即死、後部座席にいた当時九歳の尊も重傷を負った事故だった。

「そんなのって……」

 彼の全身に漂う孤独の影はその生い立ちにあったと知ると、とたんに胸がギュッと痛くなってきた。

 一瞬にしてかけがえのない人たちを失うとはどんな気持ちなのか。

 それはとてつもなく悲しく、絶望的な思いなんだと、言葉では何とでも言い表されるけれども、両親だけでなく双方の祖父母も健在で、肉親の死を体験したことのない隼人には想像もつかない気持ちだった。

「医学の道を志したのは事故がきっかけだった。俺がこの程度の傷を残しただけで生きのびたのは現代医学のおかげだ。だから、次は俺自身が困っている誰かを助ける番だと考えた」

 再びシャツを着るため、袖に腕を通しながら、尊は言葉を続けた。

「俺には兄弟がない。ほかに身寄りもない、天涯孤独というやつだ。そんな俺を不びんがって、ここまで面倒を見てくれたのも、大学の学費を出してくれたのも、立花社長の父親である統兵衛氏だ。俺は二人に恩がある」

「それで、強盗をやっつけるとか、どんなに危険な仕事であっても、進んで引き受けているわけですね」

「ああ。学生の身分ではそれぐらいしかできないからな」

「だから、バイトをする理由はお金じゃないって」

「恩返しが世の中のためになるなら、こんなにいいことはないだろう」

 深い悲しみを乗り越えた上で、将来は医療にたずさわる者として、また、正義の力を与えられた者として、尊は自分の使命を果たそうとしている。

 大げさかもしれないが、隼人にはそんなふうに思えた。

(この人は本物のヒーローだ)

 振り返ってみて、自分はどうだろうか。

 社会の役に立つ大人になろうと考えたことはあるか。おぼえはない。

 とりあえず高校に入って、何となく大学に進学しようとしているだけ。希望する学部もあいまいだし、その先どんな職業に就こうか、などという目的も意識もまだない。

 何とか就職できればいい。犯罪者などの、世間に迷惑をかける存在にさえならなければいい。その程度の考えだった。

 今回だって、バイト代の高さにひかれて応募した、いわば金目当てだ。仕事の内容が世のため、人のためになるなんて、考えてもみなかった。

「頼む。バイトを続けてくれ」

 尊の言葉に、隼人は「へっ?」とマヌケな返事をした。

「指数三百二十七は貴重だ。おまえにはこの仕事をする資格がある」

 それはヒーローの資格──

「で、でも、オレ、バイト代が高くていいなと思って応募しただけで、海城さんみたいに立派な目的や使命感があるわけじゃないし」

「目的は金であろうが、何だろうが、そんなことはかまわない。使命感なんてなくてもいい。力を貸して欲しいんだ」

「オレの……力……」

 気弱でたいした取り柄もない、こんな自分がここまで必要とされる場面に出会うなんて、一昨日までは想像もつかなかったけれど。

 隼人は両方の掌を広げて見つめた。

 そうだ。昨日の朝、やりきれないあの場面を見て、誰にも負けない力があったらと望んだではないか。

 オレが望んだ力はすでに、この手の中にあったのだ。

「オレの力、役に立つんでしょうか」

「もちろんだ。俺が保証する」

 力強い尊の返答に、隼人の中で何かが変わった。

(このオレがヒーローになる!)

 ヒーロー派遣──それは自分の力が人々の役に立つ上にお金までもらえる、やりがいのある仕事なのだ。

 正義の味方などと驕るつもりはないけれど、少しはその存在に近づけるはず。

 隼人はあらためて決意を固めた。

「わかりました」

「ありがとう。恩にきる」

 照れくささを感じながら、隼人はずっと心残りだったあの出来事を口にした。

「それから昨日のこと、謝ります。あんなこと言って、せっかくいれてもらったコーヒーもこぼして……ごめんなさい」

「どうした、急に」

「昨日のオレ、指数が高いくせにダメなヤツって責められてるような気がして、被害者意識のかたまりになってましたけど、そんなふうに心の狭いままじゃあ、本物のヒーローにはなれないって」

「本物のヒーロー……か」

 尊が目を細める。

「誰よりも大きな力を持っているなら、それを使って、みんなのためになる仕事をします。しばらくはDクラスかもしれないけど、がんばります。なんて、ちょっと優等生ぶった言い方かな」

「そうか。いい心がけだ」

 隼人に向けられたまなざしは優しかった。

「海城さんと出会えてよかった」

「俺と?」

「感謝してます」

「そいつは光栄だな」

 無口で無表情、とっつきにくいと思っていた人と、こんなふうに絆が深まるなんて、出会った時には想像もつかなかったけれど、隼人にとって尊はいつしか、かけがえのない存在になっていた。

「そうだ、忘れないうちに渡しておこう」

 尊はカバンの中から例の、ドリームクリエイト社特製携帯電話を隼人に手渡した。

「おまえの分だ。社長から預かってきた」

 一般の電話機とは別に、PHカンパニー内のみで通用する機能がいくつかあるのだと言い、尊は自分の電話を取り出すと、それらについて説明した。

「事務所への短縮ダイヤルは999、社長個人の電話機へは000だ。メンバー内で特定の誰かにかけるときはそれぞれの登録番号になる。まず、ここにある通信ボタンを押してから……」

 尊が『009』とダイヤルすると──009──ゼロゼロナイン──正義のナンバー、ヒーローの称号──隼人の持つ電話機が赤く光り、一種類しかないと北斗たちが文句を言っていた着信音が流れ始めた。

「やった! これでみんなと同じだ」

「失くさないように気をつけろよ。次の家庭教師の日時についてはまた連絡するから、待っていてくれ」

「わかりました」

                                ……❹に続く